噛んで、DESIRE







「吾妻くんって、お坊っちゃんなんですか?」



わたしがそう声をかければ、吾妻くんはとてつもなく嫌そうな表情でこちらを向いた。

わたしの前にお風呂に入ったくせに、まだ少し濡れた髪が重そうに揺れた。


「あのさ、その呼び方やめて?」

「だって、……昨日、そう呼ばれてましたよ」

「サキさんは、“ 吾妻のお坊っちゃん ”の俺しか知らないからね。杏莉ちゃんはそうじゃないでしょ」


当然のようにそう言われ、もちろんだというふうにうなずいた。

彼がサキさんと呼ぶ女性は、いまの言い方的に推測すると、吾妻家のお手伝いさんなのかもしれない。


吾妻くんに声をかけてきたときのサキさんは、ぜったい彼だという自信があった。

だからぜったいに、彼女は吾妻くんをよく知っていたのだろうと思う。





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