青春は、数学に染まる。
第三話 2人の数学教師

真帆と『先生』


数学漬けだった夏休みも終わり、新学期がやってきた。



早川先生はあの日から数学科準備室に私を呼ぶことは無くなった。


補習は空き教室にて行い、現地集合と現地解散。基本誰も近寄らない棟だから、当然伊東とも出会うことは無かった。




「真帆~~~~! おはよ!」
「有紗!! 会いたかったよ~おはよう!!」

安定の有紗。夏休み期間中はなかなか会うことが無かったから、久しぶりの再会だ。


「ねぇ、真帆。聞いて、聞いて」
「どうした」


有紗は興奮気味に私の腕を引っ張り、耳元で(ささや)いた。


「青見先輩と付き合い始めた」
「えぇー!?」
「シーッ」

急展開すぎてビックリ。
空手の練習相手を断られてからの展開が早いよ!!


「びっくりしすぎて思考が追いつかないけど、取り敢えず!おめでとう!」
「ありがとう! 高校生活の幸先(さいさき)良いよ!」

有紗は本当に嬉しそうな顔をしていた。

恋が空手を上回る日が来るのかと心配していたが、その日は思ったよりも早く来たようだ。


「昼休み詳しく聞かせてね!」
「うん!」

嬉しそうな有紗を見ると私も嬉しい。
実は人の恋バナを聞くの、好きなんだよね!





昼休み、私たちは定位置の中庭で休憩を取る。

「で、どういう経緯よ」

2人でニヤニヤしながらサンドイッチを頬張った。

有紗から恋バナが聞ける日が来るなんて、胸がドキドキする。


「私、1年生の中で唯一の有段者なの。普通の人は1年生で白帯から始まって3年生になる頃に黒帯になるから、普通は自分のことでいっぱいなの。一方、青見先輩も入部した時からの有段者で、全国大会に出るほどの腕前だから周りとはレベルが違って、完全に別メニューなの」


あの時一度しか見ていないけど、伊東相手に迫力は凄かった。


正直伊東ばかり見ていたけど、青見先輩も目を引くくらいに勢いがあった。


「でね、そんな青見先輩が全国大会を無事終えるまでの補佐として私が選ばれたの。私は基礎練とかしなくていいから、補佐に丁度良かったみたいで指名されたの! やることはマネージャーみたいな感じなんだけど、凄くやりがいはあるよ!」

「なるほど…」

「先輩とそんな毎日を過ごしていると自然と良い感じの雰囲気になって、先日告白されたの。私が先輩に気があることに気付いていたみたい!」

時々頬を赤くしながら話す有紗が可愛い。

恋をする女の子とはこういうことか。


「ただ、やはり一番は全国大会だから。出掛けたりとかは基本的に無いの。終わってからって話しているんだ~。だからそれまでは補佐として、彼女として。しっかり支えなきゃいけないって思ってる!!」

有紗はガッツポーズをした。




片思いからの進展が早すぎて驚くが、結果として恋が実って良かった!



けど、どうなんだろう?

補佐、というのが気になる。
有紗も空手をしたくて空手部に入っているのに…。


「良かったね。初彼氏! 私も嬉しいよ。でも少し気になるんだけど。有紗が空手をするために空手部入ったのに、補佐という立ち回りで良いの? 何か、違うんじゃない?」

「あぁ、それはいいの。私以外の1年生は白帯で基礎練からだから、むしろちょうど良くて! やっぱり組手の相手は断られるけど、青見先輩が全国大会で活躍するためのお手伝いが出来ることに喜びを感じているから! それに、全く自分はやらないって訳じゃないからね」


青見先輩が相手を断るのは、やはり女の子として認識しているならだな、と心の中で喜ぶ。


「っていうか、真帆が私の心配をしてくれているなんて! 嬉しい!!」
「それは当たり前でしょう! 私は有紗が楽しそうに空手をしている様子を見るのが好きだから。空手が出来ない環境だといけないな…って思ったのよ」
「真帆は優しいんだからー!!」

有紗と顔を合わせて笑いあった。



いいね、やっぱ。
カフェオレのストローを口に加えながら上を見上げる。


晴れやかな青空だった。



有紗の恋、上手く行きますように…!





「ところでさ。真帆はどうなの」
「どうって何?」
「伊東先生のことよ! 夏休みの初めにカフェで聞いたきりよ! どうなったの??」

カフェオレで()せた。


「ゴホッ!!! な、何もないよ!!」
「嘘だ!! 正直に吐きなさい」


有紗は楽しそうにニヤニヤしながらこっちを見てくる。





 
実は午前中の始業式の時…。有紗と並んで体育館へ向かっている時、伊東に絡まれそうになった。



…無理矢理逃げたんだけどね。





ショートホームルームが終わり、始業式のため体育館に移動していた時のこと。


「夏休み明けだから何だかみんな浮かれているね」
「新学期初日はどうしてもそうなるよねぇ」

有紗と体育館へ向かっている時、所々に先生が立っていた。


心の中で何故か伊東と早川先生に会わないことを祈りつつ歩いていると、階段を下りて体育館に続く廊下に差し掛かったところに伊東が立っていた。 


祈りの効果は全く無し。



「あ、藤原…」

私に気付いた伊東が声を掛けて来ようと片手を上げた。

よりによって伊東。より会いたくないため、気付かないフリをする。

「おはよーございます…」

私は伊東から目線を外して挨拶だけして、逃げるように走って体育館へ向かった。

「えぇ、真帆!?」


後ろから有紗が走ってついてくる。

しかし、そのまま体育館へ入ったため、その後伊東とも有紗とも会話することは無かった。





「いやぁ、あの始業式前の伊東。真帆に対して何かアリアリの感じだったし。何があったのか教えなさいよ!!」

グイグイ来る有紗。
まぁ…有紗に隠し事が出来るとは思っていないけれども…。


「伊東とは本当に何もないよ。私もかっこいいと思うし、気になる面もあるけど好きと自覚はしていない」

首を傾げながら(うなず)いて話を聞いてくれている。


「伊東の方は、どことなく現れて絡んでくるのだけど…。実は夏休みの(なか)ばくらいの時、伊東が早川先生に叱られていたの。『藤原さんとは接点無いのですから無理して関わる必要はありません。僕の教え子です』って。そこから早川先生は数学科準備室に私を呼ぶことは無くなって、ずっと別室で補習していたからさぁ。伊東と顔合わせたの、さっきの始業式前が久しぶりなんだぁ」


そこまで言って有紗の方を見ると、肩を震わせながらニヤニヤしていた。心から楽しんでいるような感情が溢れている。


「待って真帆!!! 伊東先生だけじゃなくて、早川先生もリーチってこと…!?」
「はい? リーチって何よ」

想定外の言葉に目が点になる。


「早川先生も真帆に好意があるとしか思えないんだけど…! そのセリフ、普通の生徒に言わんて!!!!」

「うーん。いや、違うと思うよ。手のかかる生徒。それに尽きると思う。ただ、伊東に絡まれて私が困っているから別室で補習したりするんだろうし。配慮のできる良い先生ってことだと思うよ」


私はそう言って会話を終わらせようとしたが、有紗はそうではないみたい。大きく首を振って言葉を継ぐ。


「いや絶対違う。仮に真帆の言う通りだとしても。普通はそこまで気にかけないから。早川先生も真帆に気があるに違いないよ!!」
「違うって、変な事言わないでよ! 何で伊東に早川先生に…先生にばかり好かれるなんてそんなこと!」
「願ったり叶ったり?」
「んなわけっ!!!」


有紗ったら、ああ言えばこう言う!!



「真帆はやはり先生を呼び寄せるんだ。先生受けしやすいのかもね。中学の重村先生もそうだったじゃん」


掘り返すな、黒歴史!!!!!!!

「重村先生もやたら真帆に構っていたよね。それで真帆も気になりだして…あれ絶対両思いだったよ!」
「ま、まぁ…そんな気はしていたけどさ…」
「重村先生、既婚者だったんだよね」
「そうそう。子供までいたよ。しかも私たちの1個上ね」


子持ちの先生に恋をした過去。おじさんだったけど、重村先生なら良いって思っていたっけ…。結局何も無かったけども。


あーーーーー! 黒歴史が蘇ってきて胸が苦しい! 消え失せたい!!

穴があったら入りたい!



「しかし、重村先生も数学教師だったね。伊東先生と早川先生も数学教師かぁ。真帆って、数学教師ホイホイ?」

そう言って有紗は笑った。
私からすれば全然笑い事じゃ無いんだけど!!



「多分あれだよ、数学だけ異常にできないからだろうね。中学も補習ばかりだったし。目立つんじゃない?」


出来ない子が気掛かり。それは中学も高校も関係無く、どの先生も共通の感情なのだろう。


「伊東と早川先生に特別な感情があるとかそんなのは無くて、やっぱり気掛かりなだけだと思うよ。教師が生徒を好きになるなんて、そんなマンガじゃあるまいし」

「まぁ、まぁ確かに、早川先生の方は分かんないよ。話を聞いて感じた私の主観だし。でも、伊東先生はありそうよ!! 始業式前の伊東先生なんなのあれ…! 『あ、藤原…』って!! 何か有り気な顔に声! あぁぁヤダ…ドキドキしちゃう」

「本当にさぁ、やめてよ~」


空を眺めながらカフェオレを飲み切る。

ふーう。
伊東は一体何だったのだろう。何を話そうとしていたのだろうか。



「伊東先生と話したら?」
「必要無いよ。私の担当でもないし。あと、あまり関わりすぎて伊東ファンクラブの人に目を付けられても困るし」
「うーん。それは一理あるけど…」

チャイムが鳴りだした。予鈴だ。
有紗と会話をしていると、あっという間に時間が経つ。




「教室戻ろうか」
「5限は数学かぁ………数学!? 真帆、早川先生チャンスじゃん!!!」
「チャンスとか無いから」

有紗は私の手を引いて走り出した。



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