気高き敏腕CEOは薄幸秘書を滾る熱情で愛妻にする
 颯斗は咲良の質問に面倒がらずに答えていく。仕事の話題からはじまり気付けば、プライベートについても触れていた。
「お兄さんがいるんですか?」
「ああ。意外そうな顔をしてるな」
「ええ。渡会さんが弟ってイメージが湧きません」
 この短い時間でも彼の寛容さと包容力が伝わってきた。そのせいか、弟や妹の面倒を見ている姿が浮かんだのだ。
「そうか? 昔は結構悪ガキだったんだけどな。駒井さんは……弟がいそうだな」
 ほんの少しの時間悩んでから、颯斗が言った。咲良はにこりと微笑む。
「残念、はずれです。私も兄がいるんですよ」
 颯斗が苦笑いになった。
「面倒見がいいから、絶対に姉だと思ったんだけどな」
「あ、でも兄のお世話はしょっちゅうしてたので、間違ってはないのかも」
 颯斗のことを知るのは楽しかった。咲良はいつになく積極的に話題を出していた。
 けれど楽しい時間が過ぎるのは早い。あと十五分程で店を出ないと、電車に乗り遅れてしまう。
 颯斗に帰ると告げて席を立たなくては。
 バーの常連同士という接点があるとは言え、今後偶然居合わせる可能性はかなり低い。絶対会えないとは言い切れないが、偶然に期待出来る程ではない。
(残念だな……)
 これきりにしたくない。でもその気持ちは口に出来ない。颯斗だって、バーで少し話しが弾んだだけの相手に次の約束をせがまれたら困ってしまうだろう。
(それに渡会ワークスの人と交流があるなんて、副社長は絶対許してくれないよね)
 名残惜しさを感じているせいか咲良は口数が少なくなっていた。
 なぜか颯斗も黙り込みグラスを傾けながら前方を何とはなしに眺めている。
(……何を考えているのかな)
 咲良のように寂しさや残念さを感じていることはないと思うけれど。
 咲良はカクテルグラスに残っていたお酒を、一気に飲み干した。
 何回かお代わりをしたせいか、アルコールが体に回っている。それなのに頭の片隅はまだ冷えていて、颯斗の動向の細部にまで気を配っている。
 しばらくの沈黙のあと、颯斗がゆっくり咲良に視線を向けた。
 その表情は先ほどまでのような親しみのあるものではなくどこか緊張をはらんだものだ。彼に釣られるように咲良も息苦しさを伴う緊張感を覚える。
 それは警戒心から来るものではない。
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