婚前どころか、フリですが ~年下御曹司?と秘密の溺甘同居~
へらりと笑って見せたけど、彼にはバレているんだろうな。とてつもなくドキドキしているのも、顔が赤いのも。
その時、急に背後から自転車のベル音が鳴った。翔くんが咄嗟にびくっと揺れた私の肩を力強く抱き寄せ、自転車は通り過ぎていった。

「大丈夫ですか?」
「うん。 ありがとう」

そっと顔を覗き込まれると、彼の顔を見れない。体温が近くて、声もすぐそばで聞こえる。私よりも背が高くて、骨ばった男性らしい手は安心感があって、細身なのに意外としっかりした胸板を知ってしまった。
ああ、困る。これ以上は、困る。会社でいつも通りを演じられなくなる。

とん、と肩を押して距離を取れば、彼はふっと笑った。

「帰りましょう」

そう言って歩き出した彼は至っていつも通りで、どくどくと自分の心音だけが聞こえるようだった。


< 42 / 130 >

この作品をシェア

pagetop