余命2年の初恋泥棒聖女は、同い年になった年下勇者に溺愛される。
『そうやって胡坐(あぐら)をかいていられるのも今の内でしてよ』

「かもしれぬな」

 ――見届けたい。

 そんな思いも湧き上がってくる。

 だが、決断には至れない。気付けばユーリに目を向けていた。水晶玉の中の彼は擽ったそうに笑っている。

『……っ』

 胸が締め付けられる。苦しい。

 未だに惜しんでいる。夢を見ているのだ。ユーリと共に歩む未来を。

(往生際の悪いこと。端から諦めていた。夢は夢のままにと……そう言い聞かせてきたじゃない)

 エレノアは内なる思いを否定した。けれど、その手が――腰元のポシェットに伸びるのを止めることは出来なかった。

(どうかお赦しください。この思いを糧とすることを)

 中から取り出したのは花。ユーリから贈られた野花・ハルジオンだった。

 変わらず可憐に咲き誇っている。顔を寄せると太陽を思わせるような甘やかで香ばしい香りがした。

(時が止まっているのね)

 この黒水晶の中はある種の別次元。エレノアの持つ魔法鞄のような性質を持っているのだろう。

 それを裏付けるようにエレノアの肉体年齢も20歳のまま。あの日から変わりなかった。

『……………』

 ハルジオンを胸に抱いて両親、ユーリの顔を思い浮かべる。

『お父様、お母様。親不孝な娘をお許しください』

(……ユーリ、ごめんなさいね)

 白い霧がかった虹色の魔法陣を展開。結界は瞬く間に修復した。靄は次から次へと離れていく。

『くっ……!』

 眩暈(めまい)がした。自身の存在そのものが霞むような感覚を覚える。

(これが代償……(ともしび)の感覚……)

 彼女が今()べたのは魔力ではない。魂だ。これは5年前ミラが実行しかけたこと。エレノアが止めようとした愚行だ。

 取り返しのつかない行為であるから。

 消耗した魂はいかなる術を(もっ)てしても修復することはない。祈りでも、治癒魔法でも治すことが出来ないのだ。

(醜聞塗れな上に余命いくばくもない。Ω(オメガ)としてのわたくしの価値は最早潰えたも同然。……そして――)

 笑うユーリを見つめ、内心で続ける。

(ユーリ。貴方の妻としても、ね)

「魂を焼べたか」

『貴方次第にはなりますが……あと5年は持つはずです……』

「良い心意気だ。励むが良い」

 魔王は満足気に頷くと赤いワインのようなものを(あお)り始めた。

『っ!』

 水晶玉が消える。

 エレノアは湧き上がる感情を押し殺すように瞳を閉じた。

 ユーリと自身の思いが詰まった花を胸に抱きながら。
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