呪われた精霊の王子様は悪役令嬢に恋をする

プロローグ

 ーーーー其方の所業にはホトホト呆れる。

 そう言った、豪奢な玉座に座る美女は、目の前で申し開きをする息子を見て額を押さえ、悩ましげな眼差しを悲しみに染めた。

「お前と言う子は一体、どれだけの姫精霊を泣かせば気が済むのですか••••」

「お言葉ですが母上。その姫精霊達から情けを掛けてくれと言うから、掛けたまでですが。飽きるまでで良いと言うからーーーー」

「だまらっしゃいな、このアンポンタンが!」

 先程までのたおやかさは何処へ行ったのか、玉座の美女ーーーー精霊の女王ティターニアは息子へと怒号を放つ。
 圧倒的な美貌に怒りを纏い、輝く黄金の髪は、ゆらりと浮き上がる。

 黙れと言われたので黙った息子は、代わりに溜め息を吐く。ヤレヤレと。
 それを見たティターニアの怒りが頂点に達しない筈は無く。

「ギルベルトーーーー!!!こんの馬鹿息子がぁぁぁ!」

 ティターニアの住まう月華宮殿に、ピリピリと放電された青白い光が迸った瞬間だった。

 ゼーハーと息を整えたティターニアは身の丈程もある杖を出すと、呪文を唱えた。

 魔法陣がギルベルトの身体を捉え、徐々に範囲を縮めていく。

「ーーーー母上、何を!?」

「其方に呪いを施します。少しは地上で修行して来るがいい」

 ティターニアの身体がみるみるうちに巨大化する。
 いや、ギルベルトが縮んでいるのか。

 ギルベルトの意識が急速に遠ざかって行くが、なすすべも無くティターニアの言葉を聞くだけだ。

「真実、愛する事を知れば、呪いは解かれるでしょう」

 魔法陣が消えた後には、ギルベルトによく似た人形がコロンと床に落ちていた。

「ティターニア様、本当によろしいのですか?ギルベルト様は、いずれは父君、太陽の精霊王様と貴女様の後を継ぎ、天空を統べる精霊王となられる御方」

 ティターニアは人形となった息子を拾い上げると金平糖の入った瓶に括る。

 綺羅らかしい金平糖は色鮮やかで、透明な瓶の中でカラリと音を立てた。

「良いのよ。貴方もこのままのギルで良いと思って?」

「ーーーーそれは、いえ、はい」

 どっち付かずの返事をする側仕えの精霊を一瞥すると、ティターニアは一瞬で黒いローブを羽織った老婆に変わる。

「それじゃぁ、後はお願いね。ちょっと、この子を預けて来るから。大丈夫よ、上手く行けば可愛いを娘ゲッド、それから孫よ!!」

 言い終わるか終わらないかの差で、ティターニアの姿は消えた。

 お陰で、あ、やっぱり御自分の願望も入っていたのですね、と側近は懸命にも言わずに済んだのだった。








(痛い、な。頭が。ぶつかっているのはなんだ?)

 ゴンゴンガンガンと、容赦なく頭がぶつかってるが、生憎目を開けることが出来なくて、ギルベルトは戸惑う。

(呪いの影響か?というか、ここはどこなんだ。あれから幾日経った?)

 耳の機能も正常では無いのか、音が入って来ないので、推測も出来ずにギルベルトは苛立つ。

母上(ババア)は、何を考えているんだ。真実の愛だと?そんなモノは小説の中だけの存在だろうが)

 こんな目も開かず、耳も聞こえず、身体も動かないのにどうやって愛を知れと言うのか。
 苛立ちが最高潮達した時、不意に幼い声がギルベルトの耳朶を打った。

「青がひと粒、水色はふた粒。あ、机に一個落っことしてた。うん、床じゃ無いからセーフ。わぁ、この金平糖、凄く綺麗。キラキラじゃ無くて、輝いちゃってるし。虹色に、白銀色って言うのかしら。食べるのが勿体無いな」

金平糖?なんだ?どういう事だ。ここはどこだろう?
床じゃ無いからセーフ?そこは3秒ルールにしておけ。
ギルベルトは情報を少しでも収集しようと耳を澄ます。

「この金平糖だけ綺麗な球体なのね。こんな月を見た事あるわ。虹が掛かっていて、銀粉を撒いた様に輝くの」

ん?虹色掛かって、白銀色の球体?まさか!
綺麗?ーーーーそれはそうだろう、俺の精霊魂だからな。
って、俺の精霊魂が何故表に出ているんだ!?

「これは食べちゃうの勿体無いなー」

おい、やめろ。それは金平糖じゃない。良い子だから止めなさい。おやつじゃないぞ!?

「ちょっとづつ食べていたのに、もうこれだけになっちゃった。あの不思議なお婆さんの飴屋、またお店出すかなぁ」

ーーーー!?
母上(ババア)が原因か!
わざわざ老婆に化けて俺を売りに出すなんて何を考えているんだ。
ーーーーポリ、ポリってその音、精霊魂じゃないよな?
やめておけよ?お腹痛くするぞ。

ギルベルトは何とか身体を動かそうとするが、力が入らない。

「これ、取って置こうかな。勿体無いし、どうしよう?」

良し!そうだな、勿体無いなー!取って置こうな?良い子だなー。

「でも、美味しいものは食べてこそ、です!ムフー」

ーーーーなんだと!?前言撤回。


ギルベルトは堪らずに瞼に力を込めれば、意外とすんなり開く。

ーーーーあ、開いた。

そのまま思い切ってパチッと大きく瞼を開けば、黒い髪と目の愛らしい少女が精霊魂をその小さな細い指先で、摘んでいた。
白銀色に輝く球体は、一度陽光に晒され、一層透明感と輝きを増す。

(ーーーーアレは!?おい、ちょっと待て、それは金平糖じゃない!)

ギルベルトは唇を動かすが声にならず、口をパクパクさせているだけだ。

ーーーー声も出ないのか!?

そうこうしている間に、少女の桜色の形良い唇に輝きが触れた瞬間、必死にギルベルトは叫んだ。

「ちょっと待て!それは食いもんじゃ無いぞ!って何してるんだーーーー!それは俺の精霊魂だ!」

驚いた少女と目が合う。

「人形が喋った•••••」

愛らしい少女の愛らしい声に、カランと精霊魂が歯に当たる音がした。
驚きの衝撃で、コロンと口の中へと放り込まれた精霊魂は、まだ口の中だろうか。

ギルベルトは、直ぐ様、少女の襟元へと飛び込み、グラグラと少女の襟を揺らす。

いつの間に動ける様になったんだ。
この少女に何かがあるのだろうか。
色々気になるが今は気にしている場合では無い。

「吐け!出せ!それは俺の大事なモノだ!金平糖じゃないぞ!」

「ちょっ、待って、揺らさないで、本当に飲んじゃうから、あーーーーー」

その瞬間、少女の白い喉がコクンと動いた。

「ああああ!?飲んだのか?」

ギルベルトは頭を抱えて顔を青くする。

「あ、貴方が、ゆ、揺らすからでしょう!?乱暴に!って言うか、どちらさま!?」

少女の身体を通っている精霊魂はボンヤリと光り、喉を過ぎて心臓の辺りで止まった。
ギルベルトの精霊魂が、相性が良いのか、少女の身体に馴染もうとしている。まるで、守ろうとしているみたいじゃないか。

「どうする、どうすればーーーー」

可愛らしい子供用の文机の上で、人形のギルベルトが熊の様にウロウロする。
取り込んでしまったならば『同意』がなければ取り戻せない。
欲の深い人間が果たしてーーーー。

見掛けは可愛いが、ギルベルトにとっては相当深刻な事態だ。

「あの綺麗な金平糖ーーーーだと思っていたのは貴方の精霊魂、って言うのね?とても大事なものなのね?」

「ああ、命の次に大事な。精霊にとっては力の源にーーーーって、おい!?何してるんだ!」

ウロウロするのを止め、声のする方を見れば、少女の黒い髪と目は見事なプラチナブロンドと、朝焼けの様な澄んだ瞳に変わっていた。

その白い額に玉の様に浮かぶ汗。
取り込んでしまった精霊魂を取り出そうとしているらしいが、下手をすれば少女に傷が付く。
ギルベルトが導いてやれば良いのだが。

「お前ーーーー」

一旦、取り出す行為を止めようとして、だが、ギルベルトはよくよく観察すると、この少女は変わった魂の持ち主だと思う。
そしてーーーー。

「もしかして、お前、魔力過多症なのか?」

ならば、ギルベルトの精霊魂はあったほうが良いだろに、何故。
いや、子供だからな、知らないだけだろう。

「今は話掛けないで。集中出来ないから」

徐々に黒い色彩へ戻って行くが、苦しそうだ。

「少し待て、一旦止めろ。俺が導いてやるから。って、おいーー!?」

今日で何度目の『おい!?』だろうか。
人間の子供はこんなにも目が離せないものなのだろうか。

心臓の辺りを抑えて、苦しげに呼吸している少女は堪らずに床に倒れた。

ギルベルトの力ーーーー馴染もうとした力を無理やり剥がそうとした所為で、暴走を起こしかけている。

ーーーーギルベルトはチッと舌打ちすると、倒れた少女の唇に自分のそれをあてた。






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