助けた王子に妃へと望まれた魔女ですけれど、自然が恋しいので森に帰りますね

(プロローグ)

「はっ……はっ」

 深夜、一人の若い青年が灼熱のような痛みに喘ぎながら、深い森を駆けていく。
 一目で身分が高いと分かる洒脱な衣服や、闇の下でも鮮やかに浮かび上がるような美しい外見。彼は、時々なにかに追われるように後ろを振り向いては、怯えの表情を濃くする。
 右肩から腰にかけて切り裂かれた傷からは未だに血が滴り、衣服を濡らす。

「こんな、ところでっ……。ぐぁっ!」

 馬が潰れるまで駆けたせいで追手は引き離したが、ここで倒れては本末転倒だ。
 しかし視界はぐらつき、足が木の根をひっかけた。
 青年はそのまま前方に身を投げ出すと、木の幹に強く身体をぶつける。

「ぐううっ……!」

 背中も、胸も……全身が焼けるように熱い。
 幹を背に、なんとか立ち上がろうとするが、体を起こしたところでわずかたりとも動けなくなった。疲労の限界と、血を流しすぎたのかもしれない。
 雪こそ降っていないものの、寒い季節だ。行動を止めると今度は身体が急激に冷たくなってきた。意識の消失と覚醒が繰り返される。
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