助けた王子に妃へと望まれた魔女ですけれど、自然が恋しいので森に帰りますね
 ラルドリスとの約束は終え、メルがあえてここに留まる理由はない。
 それでも彼女がこうしているのは、シーベルに引き留められたのと、ラルドリスに別れを告げずに去るのも不義理な気がしたからだ。よってこうして、彼の顔を眺めつつその目覚めを待っている。

 本当に美しい青年だ……生まれたままのような瑞々しい肌。長い睫毛に、高い鼻筋。
 その整い加減はまるで、熟練の職人が緻密な計算の上に生み出した石膏像のごとしで……じっと眺めていると非現実的な状況も相まって、自分がこの世ならざる別世界へ誘われたように思えてくる――。

(いけないいけない……)

 貴人の前で粗相をするわけにはいかない。
 はたと幻想を振り払うと、メルは隣に立つシーベルに尋ねた。

「しかしなぜ、尊い身分のこの方がひとりで傷を負って倒れるなんてことに……?」
「我が国にも色々ありましてね。彼は故あってこの屋敷に滞在していたのですが、どうしても王都に帰らねばならなくなりました。おそらく道中、何者かに襲撃を受けたのでしょう。配下を護衛に付けていたはずですが、未だ誰も帰り付かないところを見れば、殿下を逃がすのが精々だったか。彼だけでも生きて戻ってくれて僥倖でした、本当に……」
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