Ring a bell〜冷然専務の裏の顔は独占欲強めな極甘系〜
* * * *

 杏奈が一人暮らしをしているマンションは、大通りから二本ほど奥まった通りにある。八階建ての単身者向けのマンションで、喧騒とは離れた静かな雰囲気が杏奈は気に入っていた。

 そんな場所に白色の外車のセダンが止まり、中から高臣が手を振ったのを見た途端、急に恥ずかしさを感じて杏奈は慌てて助手席に乗り込む。

「メッセージが届いてからすぐに会社を出たんだが、少し待たせたかな?」
「いえ、ちょうど来た所だったので……」

 今朝とはまた別の細身のスーツを着た高臣からは色気がダダ漏れで、杏奈はドキドキして彼を直視出来ず、思わず目を逸らしてしまった。

 車という密室の中で二人きり。仕事では男性と二人になる機会があっても普通に会話が出来るのに、プライベートになってしまうと何を話していいのかわからなくなる。

 とりあえずさっさと当初の目的を達成してしまおう。そして食事をして帰ればいい--杏奈は意を決したように大きく頷いた。

「あの……何か進展はありましたでしょうか?」

 杏奈が言うと、高臣は不敵な笑みを浮かべてクスッと笑った。

「そんなに緊張して、どうしたんだい?」
「き、緊張なんてしていません!」
「あはは。まぁ君がそう言うなら、そうなんだろう」
「……信じてくださってありがとうございます」
「あぁ、それと敬語はやめよう。同級生らしく話してくれないと、このまま出発はしないよ」
「……わかった。これでいい?」
「いや、まだ足りないな」

 すると高臣は助手席の方に身を乗り出すと、杏奈の耳元に唇を近付けて、
「昨夜みたいに名前で呼ぶこと」
と囁いた。

 昨夜何度も何度もキスをして愛を囁いた唇が杏奈の耳に触れた途端、体がビクッと震えてしまった。

 高臣はそれに気付いたように、今度はふっと息を吹きかける。その瞬間、杏奈は昨夜のことを思い出し、体の奥の方がキュンと熱くなるのを感じた。

「ほら言って」
「……高臣さん、何か進展はあった?」
「うん、いいね。むしろ呼び捨てにしようか」

 呼び捨てですって? 唇をキュッと閉め、彼の名前を言おうと試みるが、そんなこと出来るはずがない。

「無、無理です……」
「仕方ない。せめて親しみを込めてもらいたいな」
「……高臣……くんは?」
「あぁ、いいね。でも残念だが、その話は店に着いてからにしようか」
「えっ、どうして……!」

 杏奈が反論しようとしたのを遮るように、高臣はエンジンをかけ、アクセルを踏む。急に走り出した車の遠心力に耐え切れず、杏奈の体は座席に沈み込んだ。

「だってここで話したら、レストランに着く前に君が帰ってしまうかもしれないからね」
「そ、そんなことしないわよ……」

 そう言いつつも、その方法を思いつかなかったことが悔やまれた。

 きっとこの人は頭の回転が早いのね。確かに高校時代、調子に乗った吉村を牽制するのは、高臣の的確な一言だった気がする。

 見る方向が変われば、見えるものも違ってくるのかもしれない。私は彼の一面しか見えていなかった。

 じゃあどの方向から見る彼が本物なのだろう。彼を嫌うにも好きになるにも、情報が少なすぎる。
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