恋愛日和 〜市長と恋するベリが丘〜
***

壱世の車は櫻坂を北に抜けると、大きな門をくぐった。

(おお、塀の中……)

「語弊のある言い方はやめてくれ」
「あ、また声に出てました?」
胡桃はバツが悪くなって「えへへ」と笑った。

「市長のご実家ってこのエリアなんですね」

今、二人が通り抜けた門はベリが丘のノースエリアにある。
ノースエリアの街と、さらに北側の高級住宅街を隔てる壁の門だ。
由緒あるお屋敷ばかりのその区画へは、門の通行許可がなければ入ることができない。
胡桃はベリビの特集記事の取材で何度か中に入ったことがあるが、それでも片手で余る程度だ。

そして二人の目的地は、胡桃の言った通り壁の内側にある壱世の実家だ。

「でも、本当に私が婚約者のフリをしてお邪魔して大丈夫なんですか?」
「仕方がないだろ? 〝胡桃さんを連れてこい〟ってなぜか君をご指名なんだから」
壱世はため息をつく。

「それなんですけど、なんで市長のご家族が私の名前をご存知なんですか? 市長が教えたんですか?」
胡桃は不思議に思って尋ねる。

「俺にもさっぱりわからない。君に婚約者のフリをしてもらうのはあの日限りのつもりだったから、高梨以外に君の名前を知っている人間はいないはずだ」

パーティーで名前を聞かれた際には適当な偽名を名乗っていた。

「身辺調査されちゃったんでしょうか……」
超高級住宅街であるこのエリアに居を構える家柄を考えれば、その可能性も決してゼロではないだろう。

「なくはないとは思うが、あのパーティーに出たくらいでそこまでするとは思えない」
(やっぱりなくはないんだ。前に〝面倒な家〟って言ってたし)

「ところで」

門をくぐってしばらく行くと、壱世は路肩に車を止めた。
そして、胡桃の方を見る。

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