恋愛日和 〜市長と恋するベリが丘〜
「礼儀作法って、具体的にどんなことですか?」
胡桃は恐る恐る聞いてみた。

「テーブルマナー、挨拶や会話のマナー、手紙の書き方や着付けなんかも覚えてほしいわね」
「手紙に着付け……」

「今どき花嫁修行なんて時代遅れだ」
壱世が不機嫌そうに口を挟む。

「あなたは黙っていてちょうだい。胡桃さん、あなたこれから週末に礼儀作法の指導を受ける気はあるかしら?」
「くだらない。俺の結婚に口を出さないでもらいたい」

「壱世、あなたはこの家の後継ぎなのよ。それにこの街を代表する立場でもあるのに、結婚相手が外に出て恥ずかしいような人では困るのよ」
「それは俺が決め——」

「それとも、何か指導を受けさせたくない理由でもあるのかしら?」

十玖子が何かを察しているかのような表情で壱世を見た。

「まさか、人様を騙すようなことはしていないでしょうね?」

十玖子に先日のパーティーのことを言われているような気がして、胡桃も壱世も気まずさを覚えて黙り込む。

「嘘はいけないと、亡くなったおじいさまも口酸っぱく言っていたはずだけれど」
十玖子の声色が徐々に怒りを帯びているのが伝わってくる。

「あ、あの……」
口を開いたのは胡桃だった。

「私、受けたいです。礼儀作法のご指導」
「え、おい」
隣の壱世が驚いた表情を浮かべる。

「受けなくていい」
壱世は小声で胡桃に耳打ちする。

「週末は仕事もお休みですし」
「そういうことじゃ——」

「なら決まりね。早速来週から始めましょう。都合の悪い日は言ってもらえればお休みにするわよ」
十玖子はまた柔和な顔と声に戻って言ったが、それがかえって静かな強さや迫力を感じさせた。

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