恋愛日和 〜市長と恋するベリが丘〜
「申し訳ないが十年以上ベリが丘を離れていたので」

(あれ? 市長選のときはベリが丘大好きって感じだったけど)
『十年以上ベリが丘を離れていた』という市長の言葉に、胡桃は訝しがって眉をひそめる。

「それで、今日の打ち合わせはどのような内容ですか?」
「弊誌の六月後半号の、栗須市長の一日に密着させていただく企画の事前打ち合わせです」

アポがあっても話が通っていないことから、胡桃は市長の多忙さを察する。

「すみませんが、その企画は先延ばしにしてもらえませんか?」
「え……?」

「今日は急用で打ち合わせができそうにないので」

「急用って、婚約者に逃げられたことですか?」

市長と秘書の視線が一気に注がれ、胡桃はハッとして「マズい」と口を押さえた。

「あー……えっと! 市長への密着取材はその号の目玉企画なので、今さら企画の変更は困ります!」
「そう言われても、打ち合わせどころではないので」
「そんなプライベートなことで……?」
胡桃は市長の態度にイラ立ちをおぼえた。

「大口のスポンサーさんには企画内容を説明して広告を出していただいているんです! 目玉企画がボツになったら信用がなくなって、うちのスポンサーがまた離れちゃうじゃないですかっ!」
半分八つ当たりのように言ってしまった。

そんな胡桃を見て、秘書が市長に何かを耳打ちした。
「それはさすがに……」
「しかしそれが一番手っ取り早いかと」

市長は頭を掻いてため息をつくと、胡桃を見た。

「江田さんとおっしゃいましたっけ?」
「はい」
「当初の予定通り、取材の件はお受けしましょう」
「本当ですか? 良かっ——」
「ただし、私の頼みを聞いてくれるなら、ですが」

「頼み?」
胡桃はキョトンとした表情をする。


「今夜、私の婚約者としてパーティーに出席してもらいたい」
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