恋愛日和 〜市長と恋するベリが丘〜
「市長、こちらの女性がドアの前に立っていました」
「え、じゃあ今の話……」
「おそらく聞かれていたかと」

市長と秘書らしき男性の会話に、胡桃はぶんぶんと首を横にふる。

「き、聞いてないです!」

(市長が婚約者に逃げられた、なんて)

「やっぱり聞いてたんだな」
市長がため息をつく。

胡桃が心の中でつぶやいたつもりの言葉は、小さく声に出ていた。

「あ、あの、私べつに誰にも言いませんので」

「カメラを持っているということは、どこかの記者なんじゃないのか?」
「えっと」
「『ベリが丘びより』の江田さん、ですね」
市長のアポイントは秘書が把握しているようだ。

胡桃は急いでポケットから名刺入れを取り出し、名刺を一枚市長に差し出す。

「本日打ち合わせのお約束をさせていただいている『ベリが丘びより』の江田と申します。カメラはあくまで試し撮り用で、私はカメラマンではなくて……」

「『ベリが丘びより』?」
市長は誌名を聞いてもピンときていないようだ。

(ベリビってそんなにマイナーなの?)
胡桃は少しだけショックを受けた。

「ベリビ……『ベリが丘びより』は、十年くらい前からベリが丘で配布しているフリーマガジンなんですけど、ご存知ないですか? これ、参考までに今日出た最新号です」

胡桃はバッグからベリビを一冊取り出して市長に渡した。
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