恋愛日和 〜市長と恋するベリが丘〜
(お菓子って先に食べるんだ)

茶会が始まると、柚木がお菓子の入った器を運んできた。
夏らしい水色と白の色合いの朝顔の練切だ。
(おいし〜! 舌触りがなめらかで甘さもほどよい!)

壱世の言った通り、胡桃の隣に正座した十玖子が一つひとつの作法を説明してくれる。
今日はいつもと違って厳しい声が飛ぶこともない。

しばらくすると茶室の入り口に壱世が姿を現し、正座をしてお辞儀をする。
空気も壱世の所作も凛としている。
釜の蓋を開ける仕草も、柄杓さばきも、茶筅(ちゃせん)を操る手も、一連の動作に無駄がなく美しいのが胡桃にもわかる。

「お先に頂戴いたします」
そう言って十玖子が壱世の点てたお茶を口にする。
続いて胡桃も同じようにお茶をいただく。

「結構な——」
「その言葉はね、実はあまり言わないのよ」
どこかで耳にした「結構なお点前で」というマンガやテレビドラマなどで見る定番のセリフを言おうとした胡桃を、十玖子が静止する。
「そうなんですか」

「もしあなたが本当にこのお茶を素晴らしいと感じたのなら、胡桃さんの言葉で伝えれば良いのよ」
十玖子が優しく微笑んで教える。

「では、えっと、とってもおいしかったです」

「たしかに胡桃らしい言葉だな」
壱世は「フッ」と笑う。

「壱世」

十玖子の声があらたまる。
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