時は全てを奪うけれど
家族の肖像
 今日は晴れた土曜。
 いつもより遅い時間に、両親と二人の娘が、他愛ない話をしながら朝食を食べるという、あまりにも当たり前の、朝の風景。
 しかし、それが当たり前ではなくなる日は、刻一刻と近づいてきている…。
 樹里は、妹の絵里をそっと横目で盗み見ながら、張り裂けそうな思いで居た。
 そんな姉の気持ちに気づいているかどうかわからないが、
「ごちそうさまー!」
 元気よく、妹の絵里は言って立ち上がった。その口調とは裏腹に、朝食は殆ど残されている。
「もういいの?」
 姉妹の母が絵里に尋ねると、
「うん、お腹いっぱい。今日ね、祐也さんと出かけるの。ねえ、お姉ちゃんの服、貸してー!」
「いいわよ」
「やったあ!ありがとう!」
 絵里が嬉々として出かけて行ったあと、樹里は、
「ねえ…絵里は知ってるの?今の病状」
 両親に小声で尋ねると、
「どうかしら…。どこまで理解出来ているかはわからないけど、あの子はあの子なりに、小さい頃から、長生きはできないと知っていながら、いつも明るく生きてきたのよ」
 絵里は、ダウン症である。最近では、ダウン症であっても長生きできる人が増えているものの、絵里の場合、その合併症が深刻だった。
 手術をすることで、もっと長く生きられる可能性があっても、手術と聞くと、絵里は泣き喚いて嫌がるので、強制はできなかった。
 絵里には知的障害もある為、果たしてどの程度、自分の病状を理解しているかは、家族であっても、よくわからない。
 何しろ、“死”と聞いても特に恐れる様子はないのに、手術と聞くと、ビデオを見せられたせいもあってか、激しく抵抗するぐらいだ。
 樹里もまた、自身の幼い頃から、妹が過酷な運命を背負っていることに胸を痛め続けてきた。
 先に逝ってしまう妹のことを、壊れ物のように大切に思い、自分は親に迷惑をかけないように、妹のことを周りから決して傷つけさせないように…と、かなり早熟な子供だった。
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