時は全てを奪うけれど
歪んだ純愛
 連休の初日、樹里と祐也は、ひとけのない琵琶湖まで来ていた。
「こんな遠くまで来なくても、2つ隣の自治体まで行けば、誰かと鉢合わせることもないんじゃない?過去の経験から」
 少し苦笑いで祐也が言うと、
「ごめんね…」
 哀しげに樹里はポツリ呟いた。
「あ…嫌って意味で言ったんじゃないよ!樹里となら何処に行ったって楽しいから」
「絵里と祐也の思い出のデートコースに、私が行ってはいけないと思ったの。絵里の体じゃ、あまり遠くまでは行けないだろうし…」
 予想もしなかった言葉に、祐也は、
「何言ってるんだよ…?それじゃまるで、絵里ちゃんが俺の彼女で、樹里はそうじゃないみたいな言い方じゃないか」
「少なくとも、今はそうよ」
 キッパリと樹里は言い切った。
「どうして!俺が好きなのは、樹…」
「言わないで…!」
 顔を伏せ、祐也の目を見ずにそう言う樹里に、祐也は戸惑うばかりだった。
「勝手なお願いだってことは百も承知なの…だけど、あと少しだけ、絵里の恋人で居て欲しいから…」
「それはつまり、この前のデート一度きりじゃないってことか?」
「ええ。あちこち行くのは大変だろうから、絵里の部屋でも構わないから」
「そんな!すぐ隣は樹里の部屋だろう?それなのに、妹の部屋に遊びに来いなんて…」
「その間、私は家を空けるから気にしないで」
「そういうことじゃないだろう!?」
 さっきからずっと、樹里は祐也の目を見ようとしない。
「樹里にとって、今の俺たちの関係は、何?」
「私は、祐也の恋人の姉。あとはそうね…恋の相談相手ってところかな」
 祐也は思わず、もう自分のことは嫌になったのか、妹に押しつける形で別れるつもりなのかと問い詰めそうになったが、すぐにそれはあまりにも愚問だと気づいた。
 樹里のことは、中学入学と同時に、彼女が家族で斜向かいの家に引っ越してきた頃から知っている。
 祐也にとって、こんな美少女は見たことがなく、それ以上に、ここまで誰に対してでも分け隔てなく優しい少女もまた、初めてだった。
 5年前、祐也が恋心を打ち明けた時にも、樹里は、頬を染めてただ頷いた。
 当時から、樹里はいつも、幼い絵里のことをとても大事にしており、ましてや絵里が長生きできないとなれば、樹里は、絵里の為ならば何だってすることもわかっていた。
 そんなところも全てひっくるめて、祐也は樹里のことを好きになったのだ。樹里に限って、卑怯なやり方で別れようとするはずがない。
「樹里のつらさ、俺が受け止めるって決めたのに、ごめん…」
「謝らないで?悪いのは私。何もかも、私の勝手なんだから」
「そんなことない。だけど、絵里ちゃんは本当に俺とデートすることなんて望んでるかな?この前だって、俺はエスコートなんて出来なかったし…」
「絵里に『デートは楽しかった?』って聞いてみたの。凄く楽しかったって。動物園のこと、一生懸命話してくれたわ」
 それは、デートが楽しかったのではなく、単に動物園が楽しかったのではないかと祐也は思ったが、敢えて何も言わなかった。
 祐也は、樹里にキスしたいと思ったものの、きっと今の樹里は、絵里の為に拒否するのが判っていたので、そこはぐっと堪えた。
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