時は全てを奪うけれど
涙のウエディングドレス
「樹里?珍しく電話くれたんだな。嬉しいよ」
 祐也はそう言った。
「今までごめんね…だけど、最後のわがままを聞いてほしくて」
 樹里は、どしゃ降りの電話ボックスの中に居た。
「どうした?」
「ウエディングドレスが仕上がったの」
「え?」
「絵里の為に、こっそり作ってたのよ。それがやっと出来上がったから…結婚式を挙げたいの」
 流石に、祐也は面食らってしまった。
「それは、やりすぎなんじゃ…」
「わかってる。それに、当たり前だけど本物の式じゃなくて、真似事に過ぎないけど。これで最後にするから…」
 祐也は暫く無言になった。受話器の向こう側からは、雨が電話ボックスを激しく打つ音が聞こえてくる。樹里は泣くのを必死で堪えている様子だったが、その雨音は彼女の慟哭のようにも感じられる。
「そっか…わかったよ」
「ありがとう…」


 樹里らの住む地域は、日本海側ということもあり、気候に恵まれたエリアとは言えない。
 週間予報で、暫く晴れが続くと聞いたこともあり、樹里は計画を実行に移すことに。
「絵里、これ見て」
 樹里がウエディングドレスを見せると、絵里は満面の笑みで、キレイと大はしゃぎした。
「着てみる?」
「うん!」
 親戚の伝手で、英国風庭園を予約しておいた樹里は、絵里をそこへ連れて行くと、ドレスを着せた。
 しばらくすると、祐也がやって来たので、樹里は切ない表情で彼に微笑み、祐也も樹里を見つめ返すと、無言で小さく頷いた。
 愛情をこめて作られたウエディングを纏い、大喜びの絵里の写真を、樹里は数え切れないほど撮った。そして、カメラを置くと、今度は天使のような妹の笑顔を、その目に焼きつけるように見つめた。
 祐也とのツーショット写真も撮っておいた。その写真は、絵里が旅立つ時、棺の中に入れるつもりだ。
 本当は、その日のことなど考えたくもないが、現実から目を逸らすことはできない。

 こんなにも幸せそうな笑顔を周りに見せた絵里だが、翌日になると容態が急変した。
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