時は全てを奪うけれど
一生分の嘘
 つい数日前まで、あんなに元気そうだった絵里は今、県立病院の個室にて、家族に見守られている。
 搬送された時点では四人床だったが、つい先ほど、個室に移されたのである。個室に移るというのは、いよいよ、その時を覚悟しなければいけないという意味だ。
 樹里が電話をかけると、祐也も駆けつけてきた。
「絵里ちゃん、会いに来たよ」
 祐也が言うと、絵里は少し笑った。そして、何か言おうとしていたようだ。なかなか聞き取れなかったが、樹里が耳を近づけると、何やら、自分のことを好きかと祐也に尋ねているようだった。
 樹里は、そのことを祐也にそっと告げた。
 祐也は元々、決して嘘をつけない性分である。
 しかし、いくら樹里に頼まれたからとはいえ、もう既に偽りの恋人という役を演じてきた。今になって、言葉を濁したり、本当のことなど言えるわけもない。
 祐也は、これを一生分の嘘だと心に決め、
「俺、絵里ちゃんのことが大好きだよ」
 優しい声でそう言うと、絵里はまた笑顔を浮かべた。
 そして、間もなく絵里の傍の機械が、激しく不快な音を立て始め、看護師らが部屋に駆け込んできた。
 機械に表示された数字が、一気に下降していき、やがて、数字がゼロになると、ピー…という音が部屋に響き渡る。
 医療ドラマのように、医師が絵里の瞳孔に光を当てるなどしたあと、時計に目を落としたあと、静かに臨終を告げた。
 姉妹の母親は慟哭している。
 祐也が樹里のことを見遣った時、樹里はその場で倒れてしまった。
「樹里!」
 祐也は叫び、医師や看護師も驚き、樹里は処置室へ運ばれていった。
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