時は全てを奪うけれど
トランスペアレントな心
 病室にて、樹里の美しい寝顔を、祐也はその白い手を握りしめたまま見つめていた。
(随分、痩せちゃったな…)
 樹里が倒れた時、祐也は思わず取り乱したが、医師いわく、過労と過度の心労によるものとのことで、とりあえず安堵した。
 しばらくすると、樹里はうっすら目を開けた。
「樹里…!気分は大丈夫か?」
 そう尋ねるも、樹里はまだぼんやりしているようで、
「ここ何処?私、どうしたの?」
「病院だよ。心労と過労で倒れたんだ」
 そう教えると、やっと意識がハッキリしたのか、静かに涙を流した。
「絵里ちゃんの最期、すごく幸せそうな顔だったよ。樹里にあれほど愛されてたからだと俺は思う」
「それよりも、今際の際に祐也が居てくれたからよ…」
 祐也は、そう言われると返す言葉が見つからない。誰かに最低だと言われようと、絵里が息を引き取った時より、樹里が倒れた時のほうが酷くショックだったのだ。
 しかし、そんなことは、妹を失って哀しんでいる樹里に言えやしない。
 人は、誰かを愛そうと思って愛せるものではない…祐也は、痛いほどそう感じていた。
「私のしたこと…全部、独りよがりだったのかな?」
 か細い声で樹里が呟く。
 祐也も、果たしてこれが本当に正しいことなのか、ずっと悩んでいた。しかし、絵里の最期の微笑みを見た時に、きっと、これでよかったのだと初めて思えた。
「樹里は間違ってない。他人がどう思うかは知らないけど、絵里ちゃんは喜んでくれたはずだよ」
「祐也…ありがとう」
「いいんだ。ゆっくり休みなよ。3日後には、絵里ちゃんを見送らなきゃいけないんだから、早く元気になって」
「うん…」


 絵里の葬儀が終わり、樹里は絵里の遺品を整理していた。
 その時、絵里のアルバムが出てきて、それを捲った。所々に付箋が貼ってあり、絵里の呟きが書き込まれてある。
 アルバムの最後のページには、ウエディングドレス姿の絵里が。そして、そこに貼られた付箋には、
「おねえちゃんとゆうやさんも、けっこんしたらいいのにな」
 そう書かれてあった。
 絵里が、樹里と祐也のことを見抜いていたとは思えず、それどころか、自分の余命のことすら判ってはいなさそうだった絵里が、何故?と思ったが、樹里は少しずつわかり始めた。
 絵里の中にはきっと、三角関係などという穢れたものは存在せず、自分が祐也と結婚式の真似事ができて幸せだったから、今度は樹里にも同じ幸せを味わって欲しいと思ったのかもしれない。
 絵里が最期に残した、あまりにも透き通った想いを知り、樹里は、もう誰の目も気にすることなく、狂ったように泣き出した。
< 8 / 10 >

この作品をシェア

pagetop