時は全てを奪うけれど
Epilogue
 絵里が旅立ってから、幾度も季節が巡った頃。
 ずっと、人に気づかれぬよう付き合ってきた樹里と祐也は、現在、新婚旅行の最中である。
 そんな季節を人は“幸せの絶頂”と呼ぶが、祐也は、幸せであればあるほど、何故こんなに哀しいのかと感じていた。
 隣には、あの頃より更に美しくなった樹里が居る。
 説明のつかないこの哀しみに、思わず祐也は樹里を抱き寄せた。
「どうしたの?」
「何でだろう…?こんなに幸せなのに。完璧な幸せが、何故か不安というか、哀しくなるんだ…」
 そんな本音をこぼすと、樹里は優しい声で、
「やっと、私と同じ気持ちになったのね」
 そんなことを言うので、祐也は驚いて樹里を見つめる。
「私ね…祐也と付き合い始めた頃から、いつもそう思ってたの」
「そうだったのか?言ってくれたらよかったのに」
 樹里は小さく微笑み、
「私たち、結婚式で永遠の愛を誓ったじゃない?不思議よね。永遠の愛なんて、あり得ないことなのに」
「どうして、新婚早々、そんな悲しいこと言うんだよ…」
「だってそうじゃない?遅かれ早かれ、時はすべてを…幸せな日々も何もかも奪って無にしてしまうのだから。絵里は、その時が早すぎただけで、いつか時に引き裂かれて、二度と会えなくなるのは、私たちだって同じことなのよ?」
 祐也は返す言葉をなくしていた。
「だから、私はずっと、祐也への気持ちにブレーキをかけ続けてきたの。好きになりすぎたら、その分、別れの時の哀しみも深くなるから…」
 淋しそうに樹里が言い、祐也は自分が感じている哀しみの理由が、樹里の感じていたものと同じであるとおもむろに知った。
 しかし、同じ哀しみを感じながらも、祐也は、
「俺は、自分の気持ちにブレーキをかけるつもりはないよ。いつか、二度と会えなくなる日が来るなら、その時まで全身全霊で樹里のことだけを愛していたいから」
 二人の“余命”が、あとどれだけかなど、誰にもわからない。
 50年以上先かもしれなければ、次の瞬間に、何かが起こって唐突に終わってしまうのかもしれない。
 時がいつかすべてを奪うとしても、祐也は限られた時間を愛する者の為に生きていたいと思う。
 樹里も、そんな夫の気持ちを理解したようで、最愛の人を強く抱きしめた…。



FIN
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