恋愛下手の恋模様
「宍戸?」
私は肩越しに振り返った。
「おう」
彼は短く言って壁に背を預けた。
「遼子さんと、ちゃんと話せたのか?」
「うん、さっき」
「そっか。で、大丈夫なのか」
そう言う宍戸の声音は、よく知る彼と別人のようだ。
もしかして、私を心配してくれてるの?
私はまじまじと彼を見た。お昼の私の様子を見てしまったから、気になったのだろうと思った。
「あの時はごめんね。変なところを見せてしまって…」
「いや、俺の方こそ、いらないこと喋ってしまった、って反省してた」
「宍戸のせいじゃないから。それに、直接本人から聞いたとしても、やっぱり私、あんな風になったと思う」
「そうか。でも、やっぱり……悪かったな」
そう言うと、彼は自動販売機でコーヒーを2本買って、そのうちの1本を私に差し出した。
「この時間にコーヒー飲むと、眠れなくなるとか言うヒト?」
「平気。ありがと」
宍戸の携帯が鳴り出した。彼は舌打ちでもしそうな顔つきで画面を確かめると、電話に出る前に早口で言った。
「何かあったら、いつでもつき合ってやるから。……申し訳ございません。大変お待たせいたしました、宍戸です」
仕事の電話のようだ。ワントーン上げた声で畏まった言葉を使いながら、彼はパタパタと去って行った。
今日はレアな宍戸を見る日だったな……。
お疲れ様のひと言を言いそびれたと思いながら、私はそんなことを思っていた。
その日から数日たった週明けの朝礼で、遼子さんの退職が伝えられた。朝礼が終わり自分の席に戻っていく前に、皆んな残念そうな顔をしながらも、祝福の言葉を彼女に投げかけていく。
そんな様子を眺めていたら、遼子さんは本当に退職してしまうのだと、改めてひしひしと感じた。思いがぐっと込み上げてきて、じわりと目尻が濡れそうになった。
補佐の姿に気がついたのは、自分の席に戻る時だった。彼は皆んなから少し離れた場所に立っていた。
最後に顔を見たのはいつだろうと、私の胸は高鳴った。近づきたいと思った。でも、私は彼と仕事上の接点がないから、簡単にその側には行けない。もどかしい気持ちをもて余しながら彼を遠目に眺めていた時、その顔に浮かぶ憂いを帯びた表情に気がついた。
どうしてそんな目で遼子さんを見ているのですか……?
私の胸の内はざわめいた。