冷たい夜に、愛が降る
「俺、今年、ここに引っ越したばっかで」
と、御田くんの方から、教えてくれた。
そんな情報、安易に人に言っちゃっていいのかな……。
「あ、そう、なんですね。……えっと、大丈夫なんですか?そんなこと、私に話して……」
「香山さんのことは信用してるから。だから……」
そう言って、御田くんは綺麗な人差し指を自分の口もとに押し当てて、きゅっと口角をわずかにあげた。
「それは、も、もちろんですっ」
とっさに、そう答えるのが精一杯。
信用って……。
今日、初めて話したばかりで、私がクラスメイトだってこともわかってないと思っていたのに……。
今、“香山さん”って呼んだよね?
認知されているなんて、予想外すぎて……。
知ってたんだ……私のこと。
御田くんのことを話す友達なんていないので、そこは安心していただきたい。
「……悪いんだけど、俺、ちょっと寝るね」
「あ、はいっ、どうぞっ」
今、日本で一番忙しい高校生。
いくら若いとはいえ、毎日大変だよね。
腕を組んだ彼が、帽子を深く被りなおしてマスクを付け直す。
電車の席。
すぐ真横で、御田 菫が寝ているなんて、嘘みたいだ。
私みたいな人間とは真逆の、キラキラした世界にいるキラキラした男の子。
きっと、お互いに、お互いの住んでいる世界は分かり合えないんだろう。
そんな意味のないことを考えながら、この不思議な空間を過ごした。