繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
「キッチンあるからさ」

 秋也は店の奥を指差すと、菓子折りを持ってカーテンを引く。おそるおそる中をのぞいた奈江は驚いて息を飲む。

 カーテンの奥には、キッチンというにはおしゃれすぎる空間が広がっていた。キッチンもテーブルもソファーも、すべてがダークブラウンに統一されている。部屋を柔らかに照らす照明の数々はアンティークのシャンデリアやランプだろう。

「おしゃれなカフェみたい」
「気に入った? 吉沢さんが好きなようにしていいって言うから、くつろげる部屋にしてみたんだよ」
「猪川さんのコーディネートですか?」

 そう、と彼はやや得意げにする。

 賢くてカッコよくておしゃれな彼の前で、奈江は不安になる。知れば知るほど、彼への想いは募るのに、自分はつり合うものを何も持ってないと思い知らされる。

 秋也に似合う女性になれるんだろうか。ぼんやりと考えて、頭を振る。おかしい。今までなら、似合う女性にはなれないから、好きになったらいけないんだと思っていたし、そもそも、お付き合いしたいなんて考えたりもしなかったのに。

「温美が持ってきたコーヒー、商店街で売ってるんだよ。香りも味も抜群だから、飲んでみてよ」
「よく買ってきてくれるんですか?」
「ついでにね」

 冷蔵庫からコーヒー豆の入った瓶を取り出した秋也は、コーヒーメーカーの置かれたカウンターに移動する。サイフォンで淹れてくれるみたい。本格的だ。
< 102 / 172 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop