繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
「環生くんの話は、半分程度でお願いします。申し訳ないですが、この話はまた今度」
「わかったわ。今度、環生も交えて話しましょう」

 みどりはため息をつくと、バインダーを手提げかばんに押し込めて、らんぷやの入り口から帰っていった。

「いいんですか? 大事なお話なら……」
「いいんだよ。前から言われてることだから」

 きっと、環生もみどりも、秋也にらんぷやを継いでもらいたいのだ。だけど、簡単には出せない答えに、彼はまだ悩んでいるのだろう。

「早坂さん、コーヒー淹れるよ」

 秋也がカーテンの奥を指さす。

「あっ、大丈夫です。本を汚したらいけないから」
「じゃあ、こっちで見る? 現物見ながら勉強した方がわかりやすいよな」
「はい、そうします。今まであんまりわからなかったけど、こんなに近くでガレのランプが見られるなんて、すごいことですよね」
「吉沢さんの目利きは確かだから、全部本物だよ」

 秋也はどことなく誇らしげに言うと、作業台の上へ、用意してくれていたのだろう専門書をいくつか積み上げる。

「気に入った本があったら貸すよ」
「貴重な本なら、ここで読みます。大丈夫ですか?」
「もちろん。俺は早坂さんがずっといてくれるなら、その方がいいからね」

 さらりと見せられる好意を受け止めきれずに赤くなる奈江を、彼はくすりと笑うと、作業台の前へ椅子を二つ並べた。
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