繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
「この間、買った本は読んだ?」

 椅子に並んで腰かけると、秋也が尋ねてくる。

「しっかりとはまだなんですけど、アールヌーボーの時代は高級志向なだけあって、もう二度と出て来ないんじゃないかって思うぐらいの素敵な作品ばかりですよね」
「そうなんだよ。何か気になる工芸作家はいた?」
「あっ、それなんですけど、ティファニーもあるんですね。もしかして、階段のところにあったステンドグラスのランプって、ティファニーですか?」

 生成りのカーテンの方を奈江が指差すと、秋也は「ああ」と笑顔になる。

「覚えてた? あれは、本物じゃないけどね。ティファニー調ではあるよ。早坂さん、気に入ってたよね」

 秋也こそ覚えていたのだ。以前、キッチンでコーヒーをごちそうになったとき、2階へ続く階段の昇り口に飾られたステンドグラスのランプに見とれていたのを。

「本物はないんですか?」
「残念ながら」
「そうなんですか……」

 とても高級なランプだけど、もしかしたら、吉沢らんぷにならあるかもしれないと期待していただけに、ほんの少しがっかりしつつ、奈江は秋也の用意してくれた本を手に取る。

「それは、ジャポニズムとアールヌーボーの関係を解説した本だね」

 秋也はそう言って、表紙を開く奈江の横顔を楽しそうに眺める。

「日本と関係性が強いんですよね? 一冊読むと、あれもこれもって、気になることが増えちゃいますね」
「勉強、好きなの?」

 奈江は本から顔をあげて、首をかたむける。
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