繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
帰り道、奈江は大野川にかかる彼岸橋で足を止めた。
欄干の前に立ち、川を眺める。両端から桜の枝が伸びる大野川は、幅の広くない小さな川だ。のぞき込めば、川底も見える。10年前と何も変わっていない。
あの夏の日、奈江はマメと一緒に橋の中ほどで、遥希が来るのを待っていた。そのとき、一人のおじさんを見かけた。
普段から人通りの多い橋ではないから、見慣れない顔のおじさんが、欄干から身を乗り出してきょろきょろとする姿は記憶に残った。
その姿を3日続けて見かけたとき、奈江が「いつもいるね」と遥希に言うと、彼も気になっていたのか、おじさんに声をかけた。
「何か困りごとですか?」
丁寧な口調ではあるが、あきらかにいぶかしそうな遥希が突然話しかけても、おじさんは落ち着いていた。
清潔感のあるシャツ、乱れのない髪に、穏やかな笑み。優しそうな人だ。奈江はそう思った。どことなく、おとなしい父親に似た雰囲気が、警戒心を弱めさせたのは間違いない。
「いつもここを通る子たちだよね」
と、おじさんが確かめるように言うから、奈江はうなずく。
「あるものを探しているんだよ」
「あるものって?」
遥希が尋ねた。
「どうにもあきらめきれない大切なものを探していてね」