繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
「あっ、そうなんです。伯母のおつかいで、与野さんちに……」
「おつかいって?」

 奈江は野菜の入った紙袋を軽く持ち上げて見せる。

「伯母の知り合いのお宅にお届けものです」
「伯母さんのおつかいをよくするんだね」

 茶化すようにそう言った秋也は、愉快げに目を細めると、奈江の握りしめる地図をのぞき込む。

「宮原神社の近く?」
「そうみたいです。初めて行くから、詳しい場所は知らないんですけど」
「そうなの?」
「でも、行けばわかると思います」
「一緒に行こうか。俺、宮原神社に行く途中だったから」
「いいんですか? でも、悪いです」
「気にしなくていいよ。実は、早坂さんに会いたいなって思ってたんだ」

 そう言った方が親切を素直に受け入れてくれる? と、秋也は笑む。宮原神社に行く予定なんかなかったんだ、と気づいたときには、彼はすでに歩き出していて、背中をあわてて追いかける。

 彼の言葉はきっと、嘘でも優しい。気遣いのかたまりのような人なのかもしれない。

 しばらく歩いていくと、秋也が地図を見ながら、「あの家だと思う」と、白い二階建ての家を指差した。

「あれ、あの人、与野さんちに入っていくな」

 前方をゆっくり歩いていた、さっきの老女が、白い家の門の中へ入っていく。

 秋也は軽やかに歩いて表札を見に行く。そしてすぐに戻ってくると言う。

「間違いないよ。あそこが与野さんち」
「あのおばあさんが与野さんだったんだ」

 奈江はひとりごとのように言うと、与野さんちへ向かう。秋也も気になったのか、後ろをついてきた。
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