繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
 奈江が門にたどり着いたときには、老女の姿はなかった。家の中へ入ってしまったのだろう。

 それにしても、娘さんと二人で暮らしているにしては立派な家だ、と奈江は白い家を見上げる。

 表札には『与野』とだけ書かれているが、二世帯住宅だろうか。玄関は一つだが、ポストは二つある。駐車場には車はなく、可愛らしい籐風のカゴのついた自転車が一台あるだけ。ふたり暮らしにしては、どこか、アンバランスさを感じる家だ。

 秋也も何か感じているのだろうか。しばらく門の中をしげしげと眺めていたが、何も言わないから、奈江はチャイムを鳴らす。待ってみるが、反応がない。しかし、留守じゃないのはわかっている。もう一度鳴らそうか迷っていると、左手にある窓が開き、ひょっこりと白髪の老女が顔を出す。

「どなたさん?」
「あっ、はじめまして。前橋康代の姪で、奈江って言います。伯母のおつかいで、おじゃましました」

 奈江が頭をさげると、いぶかしそうにしていた老女が、一変して人なつこい笑みを見せる。

「康代さんの姪っ子さんかい。話はよく聞いてるよ。どうなさったかね」

 老女が与野みね子で間違いなさそうだ。

「お野菜、持ってきたんです」
「それはわざわざ。悪いけど、こっちまで運んでくれんかね」

 みね子は難儀そうにひざを折ると、窓を大きく開く。

「庭に入っちゃって大丈夫ですか?」
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