繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
「ああ、かまわんよ」

 奈江は秋也に、すぐ戻りますね、と伝えると、みね子のもとへと足早に向かう。

 みね子のいる部屋は仏間だった。窓際に立派な仏壇が見えている。

「いま帰ってきたところで、なんにもなくて悪いね。娘も買い物に出かけてるみたいでね」
「全然、大丈夫です。朝、収穫したナスとししとうです。よかったら、召し上がってください」

 もてなしができなくてと、申し訳なさそうな顔をするみね子に紙袋を差し出す。すると、みね子は手に握りしめていた何かを、仏壇の前にある経机(きょうづくえ)の上に置く。

 何気にその所作を眺めていた奈江は、ほんの少し、息を飲んで振り返った。門の前からこちらをのぞいている秋也が、思いの外、遠くて、首を傾げる彼に首を振って見せる。

「ありがとうねぇ」

 手から紙袋が離れて、奈江はふたたび、みね子へと目を向ける。

「こちらこそ。近いうちに、伯母がおじゃますると思います」
「足をけがしてるって、娘に聞いたよ。お大事にと伝えて」
「はい。じゃあ、すみません、失礼します」

 ちょっとした世間話が奈江は苦手だ。何を話していいのかわからず、会話をあっさりと切り上げる。しかし、今はそれだけじゃなく、はやく秋也のもとへ戻りたい気持ちがあった。

 笑顔のみね子に頭を下げると、奈江は急いで門へと駆け戻る。

「どうかした?」
< 36 / 172 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop