繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
 素直な秋也を楽しむように、康代はわずかに笑むと、彼をリビングに案内する。

「この和菓子、うちの近くにある和菓子屋さんの?」

 台所に入り、見覚えのある包装紙を見つけた奈江はそう言う。

「そう、緑庵(りょくあん)さんの。真紀子(まきこ)が朝、持ってきてくれたの」

 真紀子は奈江の母だ。佐羽にある実家の近くに、奈江はアパートを借りている。近所にある緑庵は、母の行きつけの和菓子屋だ。

「お母さん、来るんだね」

 意外だ。姉妹とはいえ、性格がまったく違うふたりに交流はそれほどないと思っていた。母も伯母の心配をしているのだろう。

「月に一度ぐらいはね。新作和菓子だから、食べてって。おいしそうね。猪川さんにお出ししてあげて」
「うん」

 奈江は康代を手伝って、和菓子の乗った皿と冷たい麦茶を、テーブルに腰かける秋也のもとへ運ぶ。そのまま秋也の隣に座り、お皿を眺める。

「ほんとに、綺麗だね」

 暑い夏を涼やかに感じる、水色が美しい錦玉だ。坊主憎けりゃ……なんて言葉はあるけれど、おいしそうな和菓子に罪はない。

 三人でいただきますと手を合わせ、ひと口食べる。爽やかな甘味の口あたりが優しい。秋也も満足そうに食べている。甘いものが好きというのは本当なのだろう。

「みね子さん、お元気そうだった?」

 錦玉をぺろりと平らげた秋也をおかしそうに眺めた康代は、もう一つ食べなさいと、豆大福を彼に差し出しながら、奈江にそう聞いてくる。

「うん、元気だったよ」
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