繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
「そう、よかった」
「あ、聞いていい? 与野さんがね、彼岸橋のところで拝んでるの見かけたよ。よくあそこにいるのかな?」

 麦茶を口もとに運ぼうとしていた康代は、ほんの少し真顔になって、そのまま手をおろす。

「奈江ちゃんは知らないよね。あなたが生まれる前の話だから」

 康代はちらりと秋也を見るが、そのまま続ける。

「彼岸橋はね、以前は見通しの良くない交差点で、事故がよく起きたのよ。大抵は、車が塀にぶつかるような小さな事故だったんだけど、一度だけ、彼岸橋まで車が突っ込む大きな事故があってね、みね子さんのお孫さんが巻き込まれたの」

 やっぱり、と奈江は息をのむ。

「……亡くなったの?」
舞花(まいか)ちゃんは一年生だったかしらね。舞花ちゃんには三歳年上のお姉ちゃんがいたんだけど、一緒にいたのにって、それはもう自分を責めて責めて……かわいそうだったって」
「舞花ちゃんたちは美乃さんの娘さん?」
「そうじゃないの。当時のみね子さんは長男の道尚(みちなお)さんと一緒に暮らしていてね。舞花ちゃんが亡くなって、奥さんとお姉ちゃんを連れて出ていったの」

 そうだったのか。だから、ポストがふたつある二世帯住宅だったのだ。最初にあの家を見て感じた違和感はこれだったのだろう。

「その後、与野さんのご家族はどうされたんですか?」

 豆大福を片手に、秋也が尋ねる。その表情は神妙だ。
< 41 / 172 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop