繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
 しかし、奈江にとって、それはあまり好ましい展開ではない。困ったことに、このまま彼と一緒に横前駅まで向かうことになる。

 約束の場所を北口にするのではなかった、と今更だが、後悔する。北口は普段利用している改札口で、向井も当然、同じ改札からホームへ入る。

「そう言えば、早坂先輩と帰るの、久しぶりですね」

 さけているから当然だ。奈江は「そうだね」とうなずきながら、そわそわとコンコースに踏み込む。

 サッと視線を動かしてみるが、北口改札の前に茶髪の青年はいない。ちょっとホッとする。秋也はまだ来ていないようだ。

「あ、向井くん、ごめんね。コンビニに寄って帰るから、先に行って」
「コンビニなら待ってますよ」

 罪のない笑顔で彼は言う。あまり、察することが得意ではないのかもしれない。はっきり言えばわかってくれるのだろうけれど、奈江は知られたくないことはあいまいにしておきたかった。

「悪いから」
「別に気にしませんけど」

 こちらが気になるのだ。なんとかしてはやく改札に入ってもらいたい。

「時間かかるかもしれないし」
「コンビニで? もしかして先輩、誰かと約束があります? いつもよりおしゃれしてますしね」

 変なところで察しがいいのだ。そわそわしながら、向井を帰らせるにはどう言ったらいいだろうかと思案していると、彼が「なんだろ?」とつぶやく。

「どうしたの?」

 目をあげると、向井は改札の方に目を向けている。

「いや、なんか、ずっとこっち見てる男がいるんですよ」
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