Runaway Love
「え、あれ、早川さん?今、終わりでしたか」
 こちらに向かってきた早川に、何事も無かったかのように、山本先輩は明るく言った。
「――ええ、今日は終了です。……タイムカードも切りましたので、今はプライベートですよ」
 言うが遅い、先輩の胸倉を掴む。

「は、早川!!」

「早川さん?」

 さすがに、会社内でそれはマズい。
 あたしは、野口くんの手を外し、早川と先輩の間に入った。
「やめなさい、早川!会社よ!」
「だからって、惚れてる女、侮辱されて黙ってられるかよ!」
「え?」
 早川の返しに、先輩が反応した。
「え、何、三角関係ってコト?マジで?」
 どうにか早川の手をほどき、先輩から距離を取らせる。
 先輩は襟を直しながら、あたしを見てきた。
「ふぅん……何だ、高校の時から変わってないと思ったけど、男二人、手玉に取るくらいには、成長したんだね」
 怖いくらいの笑顔に、背筋が凍る。
 そして、先輩は、早川と野口くんを交互に見て言った。
「――もったいないなぁ。二人とも、モデルみたいなのに」
「そんな事は、関係無いでしょう」
 野口くんは、あたしの肩を引き寄せ、先輩をにらんだ。
「女性を侮辱している自覚も無いような人に、どうこう言われたくないです」
「――同感だ」
 早川もうなづくと、先輩を見下ろす。
 十センチ以上の身長差に、威圧感が漂っていた。

「……お引き取りください。領収証は、杉崎がお渡ししましたよね」

 有無を言わせない空気に、さすがに先輩も引く。
「――そうでしたね。ええ、ちょっと、懐かしくて時間を忘れてしまいました」
 負け惜しみのような笑顔を向けて会釈をすると、あたしの方を見て、彼は言った。

「じゃあ、奈津美ちゃんに伝えておいてね。なるべく早く」

 だが、先輩が立ち去ると、すぐに、受付の方が急にざわつき、あたし達は顔を見合わせた。
 終業時間を過ぎているので、社員が次々と正面玄関を出て行くせいかと思ったが、何かがおかしい。
 あたしは、そっとパーティションから顔を出して――固まった。

「し……社長……」

 目の前には、社長と、男性秘書の住吉(すみよし)さんが、先輩の目の前に立ちはだかっている。

 ――マズい!

 岡くんの事もあったから――気をつけていたのに……!

 あたしは、勢いよく早川を振り返った。
「――……杉崎?」
 すると、早川は眉を寄せ、あたしと同じように、パーティションから顔を出し、息をのむ。
 そして、すぐに出て行き、社長へ声をかけようとしたが――不発に終わった。


「よくまあ、ウチの社員を貶めて平気な顔ができるねぇ、キミ」


 さすがに、社長の顔は知っているらしい。
 山本先輩は、正面玄関へ出る寸前で、硬直していた。
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