Runaway Love
 気まずいまま、ソファの向かいに座ったあたし達は、お互いに視線をさまよわせる。
 何だ、この状況は。まるで、お見合いだ。
「茉奈、ちょっと手伝って」
「あ、う、うん」
 すると、キッチンから母さんの呼ぶ声が聞こえ、あたしはすぐに立ち上がる。
 お茶を入れると張り切っていたが、足がネックになって、いつもの倍かかったようだ。
「こっち、持って行って。あと、お茶菓子ね」
「わかったってば」
「あたしは、疲れたから、ちょっとここで休んでいくわ」
「――……何よ、それ……」
 思わず、眉を寄せるが、母さんはどこ吹く風だ。
 ――……母さんも、奈津美と一緒か。
 岡くんと、くっつけたいとか思ってるんじゃないでしょうね。
 母さんは、素知らぬ顔でイスに座ると、そのまま自分で入れたお茶をすすり始めた。 
 あたしは、これ見よがしにため息をつくと、トレイに湯呑とお茶菓子の入った器を乗せ、リビングに戻る。
 万が一、何かマズい会話が聞こえたら困るので、ドアは閉めておいた。
「――……どうぞ」
「あ、すみません。……ありがとうございます」
 まるで、初対面のような反応に、胸の奥がズキリと痛む。
 岡くんは、そのまま湯呑に口をつけ、視線を落とした。
 あたしもソファに座ると、チラリと彼を見やる。
 ……何なのよ、この状況。
 心の中で苦ってしまうが、かと言って、母さんが招き入れてしまった手前、帰れとは言えない。
 そのまま無言の時間が過ぎていく。
 ――……一体、何を言えば正解なんだろうか。
 すると、岡くんは、意を決したように顔を上げた。

「あっ……あのっ……」

「――何」

 つい、ぶっきらぼうに答えてしまうが、彼は気にせずに続けた。
「この前は……すみませんでした」
「え」
「――茉奈さんに言われて、気がついたんです。……オレ、自分の気持ちばかりで……あなたの気持ち、無視するような事ばかりで……」

「――何を今さら」

 あたしは岡くんを見ずに言う。

「最初から、アンタはそうだったじゃない。……今さら、しおらしくならないでよ」
「茉奈さん」
 こぼれ出した言葉は、堰を切る。

「大体、あたしは、アンタとの事なんか、覚えてないって言ったじゃない。――なのに、無視してきたのは、アンタ自身でしょうが!」

 ずっと、勝手な事ばかり言って、あたしの気持ちを無視して、勝手な事ばかりして――……!

 そのせいで、どれだけあたしが――……!

 けれど、続けたかった言葉は、不意に痛み出した頬と口元の傷に止められた。

「ま、茉奈さん?」

 思わずマスクの上から手を当てて、顔をゆがめてしまう。
 そして、無意識の、その仕草で――このコは気づいてしまうのだ。
 岡くんは、怪訝な表情(かお)で、あたしを見ると、ソファから立ち上がった。
「茉奈さん。――風邪、じゃないんですか……?」
「――風邪よ」
「違いますよね」
 あっさりと言うと、彼はあたしの前に膝をついた。
「……すみません、触りますね」
「やっ……」
 止めて、と、言う前に、マスクの上から手が触れた。
 いまだに腫れている頬が、瞬間、痛みを増して、顔がゆがむ。
「――……茉奈さん」
「お願いだから、放っておいて」
「茉奈さん」
 真剣な声音に、あたしは口をつぐむ。
「これ以上は、何もしません。――……理由は、教えてもらえませんか」
 岡くんは、うつむくあたしをのぞき込んで、そう言った。
 前だったら、無理矢理マスクを外そうとしただろう。
 ――彼なりに、反省しているのかもしれない。

 けれど、理由は絶対に言えない。

「――……ごめん。……大丈夫だから……」

「――……そう……ですか……」

 岡くんは、視線を落とすと、そのまま立ち上がった。

「……すみません。……帰りますね……」

 あたしは、かすかにうなづく。
 引き留める理由なんて、どこにも無い。

 ――ただ、胸が締め付けられるように、痛むだけだ。

 キッチンにいた母さんに挨拶をした岡くんは、そのまま、帰って行った。


「ちょっと、茉奈。アンタ、将太くんに、失礼な事してないわよね⁉」

 泣き出してしまいそうになるのを、唇を噛んでこらえていたのに、母さんはそう言って、リビングに入って来た。
「べ、別に。……けど、何も話す事なんて無いでしょ。……結局、奈津美の友達なんだし」
「そうだけど、お客様でしょうが」
「あたしは営業じゃない」
 苦る母さんを置き去りに、あたしは自分の部屋へと上がった。
 ベッドに横になろうとしたが、以前の事もあったので、床に座る。
 そのまま膝を抱えて、顔を伏せた。

 ――これで、良いんだ。

 あたしの事なんて、さっさと見限ってしまえばいい。

 ――……最初から――……不自然な出会いだったんだから。
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