Runaway Love

30

 ようやく、昼過ぎにアパートに戻り、あたしは放ったらかしにしていた、洗濯と掃除を始める。
 必要以上に疲れた気がしたが、やらない訳にはいかないのだ。
 そう、自分を奮い立たせ、ようやく終わったのは、既に四時半を過ぎた頃だった。
「……そうだ……買い物、行かなきゃ……」
 こういう時、宅配サービスや、ネット販売なら、楽だろう。
 けれど、費用もそうだけど、あたしは自分の目で見たい派だ。
 そして、自分の会社の製品が、どういう風に扱われているのかも、見ておきたいのだ。
 どうにか、出られる姿を作り上げ、あたしは、いつもの買い物バッグを二つ抱えると、小さなバッグを肩にかけて部屋を出た。
 歩きながら、一週間の献立を、何となく思い浮かべる。
 材料が大体決まっていれば、買うのも、そう迷わない。
 本当は、特売のものを買って考えたいけれど、今日は無理だ。そんな余裕も無い。
 マルタヤにたどり着くと、既に人でごった返していた。
 どうやら、特売品に良いものがあったようだ。
 あたしは、その波に流されながら、カートいっぱいに食材を放り込む。
 そして、気分転換に、と、お菓子のコーナーを眺めていると、ポン、と、頭がたたかれた。
 驚いて、そちらを振り返り、固まる。

「は、早川」

「何だ、今頃、買い物かよ」

 笑いながら言う早川のカゴの中は、不自然な程の量の、生活用品が入っている。
 あたしの視線に気づいたのか、苦笑いで先回りされた。
「お前じゃないけど、こういうのは、気がつくと無くなってるからな」
「――そう」
「お前は、一週間分か?」
「……ええ、まあ……」
 思わず視線を下げてしまうのは、やはり、どこかで罪悪感があるからか。
「なあ、もう買い物終わりか?」
「え?」
「じゃあ、ちょっと、コーヒーくらい付き合え」
「え」
 そう言って、早川はあっさりと、あたしの持っていたカートと一緒に自分の買い物を済ませた。


「……ちょっと、ホントにいくらだったのよ」

 マルタヤの隣のカフェに入ると、あたしは、早川をにらみ上げた。
「別に良いじゃねぇか」
「良くないわよ。――予算、余裕持って七千円くらいだから、そのくらいで良いわよね」
 コーヒーをお互いに頼み、二人席に座る。
 あたしは、荷物を足元に置くと、財布をバッグから取り出した。
 食材を、おごってもらうつもりなど無い。
 持っていた現金を出そうとすると、早川は手で止めた。 
「いらねぇって。……ったく、ブレねぇなあ」
「おかしいでしょ。――別に、一緒に暮らしてる訳でもないのに」
「――それはそうだけどよ」
 早川は、苦笑いでコーヒーカップに口をつける。
 あたしも、ひとまず、マスクをずらし、同じように口をつけた。
 アイスコーヒーなので、ストローを口にするだけで済む。
 席は店の角。あたしが背を向ける形になっているので、目の前の早川以外に、傷を見られる心配もほとんど無い。
「ま、あきらめろ。レシート捨てたし、カードで払っちまったから、もう、いくらかなんて、わからねぇ」
「……し……信じらんないっ……!」
 あたしは、目をむいて言葉を失う。
 ――レシート捨てるとか、絶対に、考えられない!
 すると、早川は、少しだけ顔を背け、肩を震わせて笑い出す。
「ちょっと!」
「……いや……さすが、経理部員」
「それ、関係無い!」
 早川は、どうにか笑いを収めると、カップに口をつけ、息を吐いた。
 それだけで様になってしまい、店内の女性の視線が気になるが、本人は完全にお構いなしだ。
「――良いから、今回だけおごられろ」
 これ以上言い合っても、平行線だろう。
 ここで騒ぐのも、ためらわれるので、渋々うなづく。
 そして、あたしは、グルグルとストローを回しながら、早川をにらんだ。
「……わかったわよ、バカ……」
「……バカはそっちだ。そういう表情(かお)するな、って、言っただろうが」
「……知らないわよ。覚えてないっ……!」
 ――ウソだ。
 本当は、鮮明に覚えている。
 あたしが、ごまかすように言うと、早川は、わかったように微笑んだ。
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