Runaway Love

32

「ちょっと、部屋、寄って行きませんか」
 再び車を発進させると、野口くんは、そう言って、あたしがうなづく前に、自分のアパートに向かった。
 車のデジタル時計は、九時半になるところ。
「この前の続き、気になるでしょう?持って行っていいですよ」
「え、あ、ありがとう……」
 どんどん進められていくのを、少し不自然に思いながらも、あたしはうなづいた。
 そして、駐車場に到着すると、当然のように車のドアを開けられる。
 やっぱり、いつされても、未だに慣れない。
 野口くんは、あたしの手を握ると、部屋のドアを開けるまで離してくれなかった。
 その手は、何だか少し体温が冷たく感じて、彼を見上げるが、視線が合う事は無くて――。


「――茉奈さん」

 それでも、いつも通りのように振る舞う野口くんに促され、先日と同じ並びの本棚に見入っていると、不意に、耳元で名前を呼ばれ、ビクリと身体が震えた。
 そっと、後ろからマスクを取られる。
「の、野口くん?」
「――また、戻ってます」
「え」
 振り返れば、あと数ミリでキスできる位置に、野口くんのキレイな顔。
 かけていた眼鏡は、いつの間にか消えていて。
 あたしが、目を丸くしていると、
「――……名前」
「え、あ」
 拗ねたようにそう言って、軽く口づけてくる。
 もう、キスに抵抗感は無くなった。
「――……か、駆、くん」
「そろそろ、罰ゲームでもしましょうか」
「は?」
 至近距離で、そんな事を言い出す彼は、クスリ、と、笑う。
「じゃないと、茉奈さん、いつまで経っても直らないみたいですし?」
「えっ……」
 ――罰ゲームって……何⁉
 あたしが反応に困っていると、野口くんは、スルリと首元に顔を寄せた。

「――きゃっ……」

 そのまま、痛みを感じる程に、強く肌を吸われる感触。

 ――……え、ちょっと、待って。

「――キレイにつきましたね」
「か、駆くんっ……!」
 満足そうに、あたしの首筋に触れる彼を見上げる。
「……な、何、してっ……」
「――キスマーク、つけてみました。……難しいかと思ったんですけど、結構うまくいきました」
 あっさりと答える野口くんは、再び顔を寄せる。
 今度は――あたしのブラウスのボタンを外し、鎖骨の辺りに吸い付いた。

「……んっ……!」

「茉奈さん、肌、白いから――すごく、キレイに見えますね」
「や……っ……」
 恥ずかしさで、涙目になってしまうが、野口くんはお構いなしに続ける。
 一つ、二つ、増えていくキスマークは、ついには胸のそばにまで。
「――……ね、ど、どうしちゃったの……?」
 いつもの彼からは、考えられない。
 すると、野口くんは顔を上げて、あたしを抱き寄せた。
「――……言ったじゃないですか。……オレ、結構、束縛強い、って……」
「――……そ、そうだけど……」
「あの彼と予定が入ってるって、平気な訳ないでしょう?」
「それは、仕方なくっ……」
「仕方なく、でも、です」
 野口くんは、そのまま、あたしに口づける。
 そして、舌をからませながら、抱き寄せた手で、あたしの身体にそっと触れていく。
 その刺激がもどかしくて、もっと欲しくて――野口くんから無理矢理逃れた。
 自分の中に、よみがえってくるのは――あの日の感覚。

 ――どうして……覚えていないはずなのに。

 あたしは、気まずくなって、視線をそらしてしまう。
「茉奈さん?」
「ごっ……ごめんなさい、あのっ……」
「――すみません。……嫌でしたよね」
 トーンが落ちた口調に、あたしは慌てて顔を上げる。

 ここで、拒絶したら――野口くんは、どうなるの。

 あたしは、不安そうに見つめてくる彼に、自分から抱き着いた。
 そして、口ごもりながらも伝える。

「――……も、もっと……ち、ちゃんと、触って……?」

「……っ……」

 野口くんは、一瞬、息をのんだ。
 けれど、次には、強く抱き寄せる。
「か、駆くん?」
「――……は、反則ですってば」
「そんな事……」
 続きは言えなかった。
 そのまま、再び、唇が重なり、彼の手は服の上から、少しだけ強く、あたしの全身に触れていく。

 ――その感触に、あたしの中心(なか)は、違う、と、叫んだ。
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