Runaway Love
 そのまま、野口くんは、唇だけでなく首筋にまでキスを落としていき、その手は、カットソーの中にそっと入り込む。
 ひんやりとした手に、身体はビクリと跳ね上がった。
「――茉奈さん」
「……んっ……」
 あたしは、声を上げないように、野口くんにしがみつく。
 それに気づいた彼は、深く口づけ、あたしの上がってしまう声を飲み込んでいく。
 時折、呼吸する為に唇が離されるが、すぐにふさがれる。
 徐々に、彼の手の温度が上がっていくのに気づくと、その優しく背中を撫で回している手は、ブラのホックにかかった。

 ――ああ、これって、《《しちゃう》》流れだ……。

 何となく、ぼやけていく思考で、そんな事を思う。

 ――……別に、初めてでもないし、今は、野口くんが恋人なんだから……。

 ――岡くんを裏切るとか――思う事なんて、ない。

 すると、荒くなる呼吸の中、不意に野口くんの手が止まり、慌てて、あたしを引きはがすように離した。
「――……駆くん?」
 その赤い顔は、困惑の色に変わっている。
 何かあったのかと思い、言葉を待つと、気まずそうに返された。
「いえっ、あの……嫌とかじゃないんです。ただ……じ、準備、とかっ……してなくてっ……」
「え」
 一瞬、何の事かと考え――お互いに顔中、真っ赤になってしまった。

 ――ああ、そうか。一応、避妊は必要だしね。

 思わず、奈津美が浮かんでしまい、軽く首を振る。
「……茉奈さん……?」
「ううん、何でもない。……ありがとう」
「え?」
「――……大事にしてくれてるんだな、って、いつも思ってるから」
 あたしは、乱れていた服を直しながら、野口くんに微笑んだ。
 前にも、外山さんに言われた。
 大事にされてる、って。

 ――……本当、そう思う。

 だからこそ、傷つけたくなかった。
 ――……最後には、傷つけるとわかっているのに。

「――……当然です。……好きなんですから……」

 ほんの少し、照れくさそうに言う野口くんは、そんな事を思うあたしに、軽く口づけた。

 微妙に恥ずかしい空気のまま、ぎこちなく野口くんの部屋を後にする。
「あ、本」
 そして、いつも以上に静かな車の中、自分のアパートが目前になり、あたしは、不意に思い出して口に出す。
「あ」
 すると、野口くんも、たった今、気がついたようだった。
「――すみません。目的が変わってました」
「……まあ、良いけど。……今度は、忘れないからね」
 あたしがそう言うと、彼は、うれしそうに笑う。
「駆くん?」
「――……いえ、今度があるのが、当然なんだな、って」
「……当たり前、じゃない……」
 それだけ返し、あたしは視線を窓の外に向ける。
 相変わらず、国道沿いの店の看板たちは、目に優しくない。
 キラキラと過剰に光るそれは、あたしには手の届かない世界のように見えた。
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