Runaway Love

61

 お昼は、親子丼とサラダ。味噌汁まで作った。
 ご飯も、もう、ちゃんと炊けるようになったようだ。
「駆くん、すごいわね。もう、こんなに、できるようになったの」
 あたしは、テーブルに並べられたそれをまじまじと見つめる。
 まるで、成長した息子に言うようなセリフに、苦笑いで返された。
「茉奈さん、どれだけ見くびってるんですか」
「包丁で指切ってたじゃないの」
「大した傷じゃなかったでしょう」
 そう言いながら、野口くんは、向かいに座る。
 自分以外の誰かが作るご飯は、もう、それだけで、うれしい。
 香ってくる匂いに、心は少しだけ浮かれていた。
「じゃあ、いただきます」
「ハイ」
 手を合わせて、箸を持つと、親子丼を一口。

「――すごい。美味しい!」

 鶏肉は柔らかいままだし、玉ねぎに味はちゃんとしみている。
 やっぱり、器用なコなんだな。
 あたしは、感心して顔を上げると、野口くんは、やさしく微笑む。
「――良かったです。やっぱり、ちょっと緊張しますね」
 それに微笑んで返すと、あたしは、味噌汁を口にする。
 少しだけしょっぱかったけれど、許容範囲内。
「姉貴がスパルタになってきて。仕事帰りに、部屋に寄られて、叩き込まれました。"調理師(・・・)の弟"が、包丁で指切った事にショックを受けたようで」
 苦笑いで言う彼に、あたしはキョトンと返す。
「お姉さん……?美容師さんじゃ……」
 すると、彼は納得したようにうなづく。
「ああ、美容師は上の姉です。調理師は、その下で」
 それで、ようやく気がついた。
 時折、彼のお姉さんの呼び方が変わっていたのは、そういう事か。
「”姉さん”が、上の方。”姉貴”が下の方です」
「そっか。二人ともお姉さん、じゃ、混乱するわね」
「まあ、名前呼びも、若干照れるので」
 眉を寄せながら言う野口くんの表情は、たぶん、家族にしか見せないようなもの。
 それを見られる事は、何だか特別に思えて――少しだけうれしかった。

 片付けは、あたしが無理矢理させてもらい、野口くんは、その間コーヒーを飲みながら、借りてきた本に目を通していた。
「よし、終了」
 けれど、振り返れば、彼はそのままベッドに寄りかかり眠っていた。
「――……駆くん……?」
 声をかけても、熟睡しているのか、返事は無い。
 あたしは、少し悩むが、隣に座る。
 彼は、寝顔でもキレイで――思わず、隣で目が覚めた時の事を思い出してしまう。
 ――あの選択に、後悔が無いかと言えば――ウソになる。
 けれど、それでも、あの時はそれしか無かった。
 それが、更に彼を縛る事になろうとも――傷つけるよりはマシだと思ったから。

「――……ごめんなさい……」

 ポツリとこぼした言葉は、眠っている野口くんには、届かない。
 でも、自己満足のような謝罪なんだから、届かない方が良い。

 ――そう思う事も、自己満足なんだと、わかっているけれど。
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