Runaway Love

66

 翌朝、十時を過ぎた辺りで、インターフォンが鳴り響く。
 あたしは、急いでドアに向かおうとして、足を止めた。
 ――危ない、危ない。
 キッチンの脇の壁にあるモニター画面を見て、早川と確認。
 ようやく、ドアを開けると、頭を撫でられた。

「――……おはよう。……何よ、コレ」

 あたしが、手を払い、にらむように見上げると、早川は苦笑いで見下ろしてきた。

「はよ。ちゃんと学習能力あって安心したわ」

「バカにしてるわよね。予定、キャンセルしていいかしら」

「コラコラ」

 子供扱いされているようで、腹立たしい。
 ドアを閉めようとしたら、早川は困ったように笑う。
「悪かったって。ホレ、行くぞ」
「ちょっ……」
 早川は、あたしの手を引くと、部屋から引きずり出すように歩こうとするので、あわてて制止する。
「鍵!かけさせなさいよ!」
「ああ、悪い、悪い」
 その上機嫌な態度に、あたしは鍵をかけながら眉を寄せた。
「……何」
「え?」
「――……上機嫌に見えるけど……」
「当たり前だろ。お前と二人で出かけるんだから」
 あたしは、一瞬、口ごもる。
 ――どう言ったら正解なんだろう。
 そんなあたしにお構いなしに、早川は手を引いて階段を下りる。
 もう、エレベーターを使う気は無いようだ。
「――で、どこから行く?」
 先に下りた早川は、あたしを見やると、そう尋ねた。
「……ひとまず、スーパー。あとは、ドラッグストアと、コンビニ。……まあ、近間で済ませられれば一番良いんだけど」
「ああ、まあ、商店街多いからな。たぶん、大丈夫だ」
「アンタ、営業でドコ回ってんの?」
 あたしは、ふと、そんな事を尋ねてみた。
 早川は、少しだけ考え、苦笑い。
「――毎日飛び込みだ。まあ、ウチ、こっちでも知名度はそれなりだから、話は聞いてもらえるんだがな」
 その言葉の後は、続かなかった。
 どうやら、思っている以上に大変なようだ。
「……悪かったわね、ヘンな事聞いて」
 すると、早川は笑って首を振る。
「いや、気にするな。――営業なんて、大体、こんなモンだしな」
「でも、大口は取れたって言ってたじゃない」
「ああ、まず、デカいトコ押さえておこうかと思ってな。条件かなり譲ったし、向こうは、珍しいモンはひとまず入れてみようかって」
 そう言いながら、早川はマンションから、駅方面へ歩き出す。
「でも、小さめなトコは、いまひとつだな。昔からの付き合いの問屋とか多いから、やっぱり、そっち優先されちまってる」
「――そう」
 早川から詳しく仕事の事を聞くのは、初めてだ。
 思った以上に大変そうで、あたしはどう反応していいのか戸惑った。
 だが、早川はあたしの手を取ると、軽く持ち上げる。
「バカ、何へこんでんだ。――トップ営業、なめんな。これからだ」
「――……うん……」
 コイツの、こういうところは、見習いたい。
 どんな事も、前向きにとらえられる。
 それは、才能だ。

「――……アンタって、実は、結構スゴイのかしらね……」

 ポツリとこぼした言葉が耳に届いた途端、早川は、真っ赤になって、固まった。
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