Runaway Love
 駅に近い商店街は思ったよりも多く、様々な店がそろっていた。
 だが、とにかく目立つのは食べ物屋だ。
「茉奈、何か買う物あるか」
「――ええ、まあ……。でも、ひとまず、電車に慣れた方が良いかしら。一人で移動できなきゃ困るし」
 地元では、車と徒歩――あとは、バス。
 電車に乗るような距離は、移動する事もなく。
 こちらに来た時の新幹線だって、学生の時以来というくらいなのだ。
 だが、早川は少しだけ眉を寄せた。
「……何よ」
「――別に、俺がついていくから」
「いいわよ。――……一人じゃ電車も乗れないなんて、あたしが許せないの」
「お前な……」
 早川は、何かを言いかけたが、あきらめたようだ。
 駅はもう目の前なのだ。
「いいか、俺から離れるなよ」
「子供じゃないんだから」
「じゃあ、ひとまず、大阪駅まで行くから」
「……わ、わかったわよ」
 駅構内に入り――あたしは、固まる。
 思った以上の人の波に、足が止まりそうになったが、すぐに早川が手を引いてくれた。
「――ホレ、みろ。だから、言ったじゃねぇか」
「う、うるさいわねっ!」
 あたしは、負けじと足を踏み出す。
 地元の人達の早足にはついていけないが、それでも、どうにかホームにたどり着いた。
 交通系カードは、既に買ってチャージしておいたので、そのまま行けそうだ。
 だが、その人混みに、再びたじろぐ。
 ――そうか、今日は土曜日か。
 思った以上に人の出があるようだ。
 早川は、あたしの手を握ると、指を絡める。
「は、早川?」
「――はぐれるなよ」
「子供扱いしないでよ」
 すると、あっという間に電車が到着し、あたし達は急かされるように中に入る。
 圧倒されてしまったが、人の流れに乗ろうと思ったら、強く腕を引かれた。
「早川」
「こっちだ」
 早川はその波に逆らい、反対側のドアまであたしを引いていく。
「ちょっと、何……」
 そう言いかけると同時に、発車。
 ガタン、と、揺れ、あたしは思わず早川の腕にしがみついた。
「ご、ごめんなさい」
「――掴まってろ」
 早川はそう言うと、視線を上に向けた。
 電車のドアの上には、雑多な広告ポスターが貼られている。
 それは、今までお目にかかった事もないようなもので、あたしは、キョロキョロと顔を向けた。
「……何してンだ、お前」
 そんなあたしを、早川はいぶかしそうに見下ろしてくる。
「え、あ……こういう電車、初めてだから……」
「そうか?」
「うん……。電車自体、乗る機会無かったし」
 そう言いながら周囲を見やれば、当然のように自分の世界に入っている人達や、これからの楽しみに目を輝かせている集団。
 そんな光景すらも、あたしにとっては初めてのもので。

 ――……あたし、何にも知らないんだな……。

 自分の狭い世界を思い知らされた気がして、少しだけ気は滅入った。
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