Runaway Love
 それから、大阪駅に着くと、早川に手を引かれ、いわゆる観光名所を数か所めぐる。
 その途中で、いろいろな店に立ち寄り、結局食べ歩きをしてしまった。
 自分の意思の弱さが嫌になるが、いざ目の前にあると、つい誘惑に負けてしまうのは、もうあきらめよう。
 ――明日から、食事にだけは気をつけないと。

「茉奈?」
「え、あ、何よ」
 不意に早川にのぞき込まれ、あたしは慌てて顔を上げた。
「――いや、急に黙り込んだから、疲れたかと思って」
「まあ、ちょっといろいろ回りすぎた感もあるけど――楽しいは楽しいから、気にしないでちょうだい」
「……そうか」
 そう言うと、早川は優しく微笑む。
 そして、ずっと繋いでいた手を握り直した。
「――そろそろ、帰るか」
「え」
 あたしは、辺りを見回す。
 いつの間にか、日は落ちかけ、街の色も夜の雰囲気を醸し出している。
「何か、まだ、全然回り切れてない……」
「別に良いだろ。――まだ、来たばかりだ。また連れてくるから」
「……でも……」
 こうやって、週末ごとに一緒に出掛けるのは、何だか恋人同士のようで気が引ける。
「――じゃあ、最後に、夕飯がてら呑んで帰るか」
「――え、い、良いの?」
「俺が言ってるんだぞ」
「そ、それもそうだけど……」
 何だか、わがままを聞いてもらう子供のようで、恥ずかしくなってしまったが、まだ、帰りたくないのは――街の雰囲気のせいか。
「じゃあ……まあ、任せるから」
「駅方面なら、居酒屋とか結構あるだろ」
 そう言いながら、まだまだ人の流れが多い街中を進む。
 店は様々で、目移りしていく。
 その中で、看板を見ながら適当なところに入ってみると、活気にあふれていて、一瞬、怖気づいてしまった。
「いらっしゃいませー!」
 そんなあたしに構わず、早川は中に入って行き、すぐに席に案内される。
 中は夕食がてら、呑み始めている人達や、友達同士で既に出来上がっている集団もいた。
 騒がしい気もするが、ここでしか味わえない雰囲気なのだ。
「茉奈、ビール以外もあるけど、どうする?」
「え」
 早川は、そう言ってメニューを手渡してくる。
「……別に、ビールでも……」
 あたしが、口ごもりながら返すと、早川は苦笑いしながら言った。
「俺しかいねぇんだ。無理しなくてもいいんだぞ?」
「――……え」
 あたしは、目を丸くして早川を見た。
「ホレ、お前、いっつも会社の新年会、ビールちびちび呑んで、一杯でやめるだろ。苦手なのかと思ってたんだがな」
「――……に……苦手って訳じゃ……。――ただ、付き合いだから、呑まなきゃって思ってるだけで……」
「でも、できるなら、呑みたくねぇ」
「――……ま、まあ……」
 正直、呑む機会など、会社の新年会以外無いのだから。
 家で缶ビールを呑むほど好きな訳でもない。

 ――だから、飲み会で酔いつぶれた記憶など無いのだ。

「せっかくだし、別のモン呑んでみろよ」
「……う、うん……」
 すると、早川は機嫌良く、自分の持っていたメニューを眺めている。
「……何よ」
「え?」
 上機嫌な理由がわからないのは、何だか落ち着かない。
 早川は、顔を上げると、口元を上げた。
「――……いや、”うん”って、言うようになったからよ」
「……は?」
「お前、結構、”ええ”って返すだろ。――アレ、何か、線引かれてるような気がしてな」
「――……ただの口癖に、よく、そんな深読みできるわね」
 自分でも無意識なのに。
「……だから、少しは近づけたのかと思って、嬉しくなっただけだ」
「――……だから、アンタって、何でそうっ……」
 だんだん恥ずかしくなり、あたしは、ごまかすようにメニューに顔を伏せた。
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