Runaway Love
「――おい、歩けるかよ」

「……だい、じょぶ……」

 若干、足元がふらつく気もするが、意識はちゃんとあるのだ。
 だが、そう言っても、早川は信用してくれなかった。
「――ジュースみたいだからって、カクテル呑み過ぎだぞ。……水も飲まないで」
「だって……つい……」
 居酒屋での早川は、今まで見た事もないような優しい表情(かお)で、あたしを見ているから――いたたまれなくなったのだ。
 元々、見目は良いのだ。
 ――通り過ぎる女性客が、あからさまに視線を送っていて、その居心地の悪さを紛らわしたくて――呑みやすそうなカクテルを次々に頼んでしまったのだ。
 そして、帰るあたりで、さすがにフラフラしてきた。
「ホレ、捕まれ」
「……うん……」
 今は、抵抗している状況ではない。
 自分でも、意識はあるのに、地に足がついていない感覚だ。
 かろうじて腕にしがみつくと、早川はゆっくりと歩き出す。
「……このままじゃ、お前、電車で吐きそうだな」
「……吐いた事なんて無いわよ……」
「だから、セーブしてたんだから、当然だろ。お前、カクテル呑んだコト無ぇのかよ。アルコール度数、高いヤツ多いんだぞ」
「……うるさい、説教するな……」
 あたしは、ふてくされて手を離す。
 すぐにふらつき、すれ違う人にぶつかりそうになるが、すんでのところで腕を引かれた。
「……ったく、この酔っ払い!ちょっと水飲んで、酔い冷ませ」
「……ヤダ」
「は⁉」
 このまま、ふわふわしていたい。
 ――何にも考えなくて済むから――……。
 何だか、意識がぼやけてくる。

「――……ちょっと、座ってろ」

 身体ごと、引きずられていき、ベンチに座らされる。
 そして、早川が近くの自販機で水を買っているのを見やると、どんどん意識が遠のいてきた。

「アレぇ?おねーさん、一人?酔っぱらってるん?」

 すると、頭上から声をかけられ、顔を上げる。
 ぼやけた視界には、若い男性が二人ほど見えた。
「家どこ?送って行こうかぁ?」
 結構です、と、言いたかったが、頭と口がつながってくれない。
 腕を掴まれ、立ち上がらせられる。
「なんなら、二次会しよか?」
 のぞき込んでくる男性に、思わず眉を寄せるが、お構いなしに引っ張られた。
「タクシー呼――」
 不自然に切れた言葉に、あたしはキョトンとすると、思い切り後ろに引き寄せられた。

「――すみません。連れが何かご迷惑でも?」

「あ、何や、カレシさん()ったんかー。残念」

 ――”彼氏”?誰が?

 あたしは、そそくさと去って行く二人を、首をかしげながら見送った。

「――おい、帰るぞ」

「……早川?」

 振り返り、見上げると、思い切り不機嫌そうな早川が、あたしの肩を抱き寄せて歩き出した。
「ちょ……何よ!」
「うるせぇ!ちょっとは、危機感持て!何、ナンパされてんだ」
「知らないわよ。――大体、こんな女、相手にされる訳無いでしょうに」
 すると、早川は、急に立ち止まる。
「早川?」
「……何だよ、それ」
 眉を寄せ、あたしを見下ろす早川は――どこか、傷ついたように見える。
「別に、ホントのコトでしょ。――奈津美みたいに可愛くもないし、愛想も無い。――……つまんない女なんだから」
 無意識に口から出てしまう言葉は、もう、幾度となく言われた言葉。

「茉奈、いい加減にしろ」

「……何よ」

「――何で、そんな事言う」

 怒りをこらえるように言う早川の雰囲気に、あたしは、一瞬、怯む。
 けれど、それを振り切るように歩き出した。
「おい!」
「――……帰る。……大丈夫、歩けるから」
「茉奈!」
 追いかけてくる早川を振り返らず、あたしは駅へと向かう。
 ぼやけていた視界は、ようやく半分ほど戻ってきたようだ。
「待てって!電車、わかるのかよ」
「――まあ、どこかしら、着くんじゃないの」
「この酔っ払い!」
 半分あきれたように言うと、早川はあたしの手を引き、駅の構内を進んで行った。
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