Runaway Love
 ようやく見た事のある景色が視界に入り、ほんの少し、安心感を覚える。
「――鍵、開けられるか」
「バカにしないで」
 マンションに到着するなり、早川はそう言ってあたしを振り返る。
 手を繋いだまま階段を上がり、部屋の前まで来る。
「おやすみなさい」
 そう言って、あたしはカバンからキーケースを取り出し、まだ新しい鍵を鍵穴に入れようとした。
 けれど、カツカツという音が響くだけで、入った手応えが無い。
「……だから言っただろうが。貸せ」
 あたしは、渋りながらも、うなづく。
 ここで中に入れないのも困るのだから、仕方ない。
 あっさりとドアは開き、あたしは中に入る。
 すると、一緒に早川も中に入って来た。
「ちょっと!」
「――まだ酔い、冷めてないだろ。水飲め」
 早川は、そう言って、買っていたペットボトルの水を押し付けるように渡してくる。
 あたしは、うなづいて受け取ると、テーブルにそれを置き、上着を脱いだ。
「バッ……おい、コラ、茉奈!何脱いで……」
「何よ、あたしの部屋よ。関係無いでしょ」
 カットソー一枚になり座ると、ペットボトルに手を伸ばす。
 早川はあきれたように、向かいに座った。
「何でいるのよ」
「――貸せ。フタ開けられないだろうが」
 そう言いながら、あたしの手からペットボトルを奪うと、キャップをひねり、すぐに返してきた。
「……ありがと」
 あたしは、それだけ言うと、口にする。
 喉を通る感覚に、ようやく意識が戻ってきた気がした。
 だが、同時に眠気も襲ってきて、そのままテーブルに突っ伏してしまう。

「おい、茉奈?」

 ――ああ、ダメだ。

 完全に寝ちゃう……。

「おい、寝るなよ。ちゃんと鍵かけてもらわねぇと……」

 早川が、頭上で何か言っているけれど、もう、反応する気力も無い。

「――……バカヤロ。……襲うぞ」

 ――できないクセに。

「……できる訳ねぇだろ。……お前の気持ちが無けりゃ、虚しいだけなんだから」

 ――……妙なトコで真面目なんだから……。

 うつらうつらしていく意識の中、入り込んでくる早川の言葉に、心の中で返しているのに――何で、会話になってるんだろう。

「――……なあ……お前が、何を抱え込んでるのか、わからねぇけどよ……自分なんて、とか、言うなよな……」

 ――……うるさい……。……アンタには、わかんないのよ……。

「――……そうだろうけど……それで、あんな苦しそうな表情(かお)するんなら――俺が全部代わりに持つから……」

 ――……何、それ……。

 不意に、髪を撫でられる感触。
 何だか、心地よくて、意識はどんどん遠のいていく。

「――……お前の辛さは、全部、俺が引き受けるから……」

 ――ああ、夢なのね。

 ……アンタが、そんな気障なコト言うなんて――。


「――だから……俺を選んでくれよ……」


 その言葉だけが、耳の奥に、ずっと残っていた。
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