Runaway Love

67

 ぼんやりと意識が戻り、ゆっくりと目を開ける。
 そして、視界に入って来た早川の寝顔に、ビクリとして身体を起こすと、右手が動かない。
 驚いて見やれば、しっかりと、大きなその手に握られている。
 一気に覚醒して周囲を見回す。一瞬、どこかと悩んだが、大阪の自分の部屋なのだと気づいた。
 安堵して再び視線を目の前に戻せば、昨日、どうやら酔いつぶれたようで、テーブルに突っ伏したまま眠っていたらしい。
 ――そして、何故か、早川も同じようにテーブルに顔を伏せて眠っていた。

 ――……ああ、そうか。

 ようやく、昨日一日、観光しつつ食べ歩きしながら街をめぐり、最後に居酒屋で呑んでいたのを思い出した。
 すると、同時にこめかみ辺りに鈍い痛み。
 ――……二日酔いのようで、思わず苦る。
 今まで、こんな事無かったのに。

「――……ん……」

 すると、早川はゆっくりと顔を上げ、次にはガバリと身体を起こした。
 そして、キョロキョロと辺りを見回し、あたしを見ると、放心状態になる。
「……え?」
「――……何よ……」
「……あれ?……夢、じゃねえ、よな?」
「……寝ぼけてるんじゃないわよ」
 早川は、その言葉に吹き出してうなづいた。
「ああ、そうか。――お前がつぶれちまって、心配で様子見てたら、つられて寝ちまったんだ」
「……悪かったわね……」
 少々バツが悪くなり、そっぽを向く。
「怒るなよ。可愛いだけだ」
「かっ……!!?」
 似合わない言葉に目を剥いて固まると、早川は笑い出し、立ち上がった。
「まあ、二日酔いなら、大人しくしておけ。日曜だし、二度寝しても大丈夫だろ」
「嫌よ。カーテン買いに行きたいもの」
 直射日光は、かなりの強さで、完全に目が覚めた。
「ああ、まだ、つけてなかったな」
 早川は、窓の方を見やり苦笑いする。
「じゃあ、付き合うぞ」
「い、いいわよ、別に」
「電車もまともに乗れねぇのに」
「失礼ね!……一人でも乗れるわよ」
 あたしは眉を寄せ、視線をそらす。
 同い年のクセして、子供扱いしないで。
 大体、待ってるって言ったじゃない。グイグイ来ないでよ。
 あたしが、そんな風に心の中でボヤいていると、
「いいから。――俺が一緒にいてぇだけだ」
 早川は、そう言いながら、あたしの頭を軽くたたき、微笑む。

「――考えるのは、俺のコト、ちゃんと知ってからでも遅くねぇだろ」

 あたしは、チラリと早川を見上げ、ふてくされながらうなづいて、ポツリとつぶやく。

「……アンタも、結構、ズルいわね」

 ――あたしを好きっていう割りには、みんなズルく立ち回りたがる。
 男って、そんなものだっただろうか。

「――嫌な言い方するなよな」

「え?」

 すると、早川は、座ったままのあたしの前に来るとヒザをつき、真っ直ぐに見つめてくる。

「……な、何が」

 たじろぎながらも、視線をそらしたら負けのような気がして、にらむように見返す。

「――……俺”も”」

「……っ……」

 その一文字だけ。
 なのに、コイツは、敏感に感じ取る。

「……べ、別にっ……誰かと比べてるとかじゃ……」

「でも、比較対象は、いるだろ」

 距離を詰めてくる早川を、あたしは両手で押しやる。

「茉奈」

「バカッ……!」

 ――何で、責められなきゃいけないの。
 あたしは、アンタの彼女でも、奥さんでもないじゃない。

「一人にして……。――……お願いだからっ……」

 うつむいたまま、絞り出すように言うと、早川はそのまま無言になる。
 そして、その沈黙に耐えられなくなり、あたしが顔を上げると、その瞬間、立ち上がった。

「……悪かったな」

 そう言って、振り返らずに早川は部屋を出て行った。
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