Runaway Love
 帰り道、すれ違う人達の視線がかなり痛かったけれど、あたしは、早川におんぶされながら帰路についた。
 最初は、どうにか踏ん張ってみたのだが、身体がだるくて重く、それすらもしんどくなってきてしまう。
「――杉崎、大丈夫か」
「……大丈夫に……見えるなら……眼科、行きなさい……よ……」
「……うるせぇ。しゃべるな」
「じゃあ……話し……かけな……い、でよ……」
 吐く息が熱い気がする。
 医務室じゃ、薬は飲まなかったから、熱が上がったのかもしれない。
 だんだん、早川の歩く振動が心地よくなってきて、うつらうつらとしてくる。
「……おい、杉崎……?」
 返事をしようにも、意識がおぼろげだ。
「もう少しで部屋着くぞ。カギはどうした」
 あたしは、頭の中を探ってみる。カギなら、いつもの場所。
 早川の背と、自分の間に挟んだカバンを揺らす。
「――カバンの中か?起きないなら、漁るぞ?」
 自分でも、返事をしたか、記憶が無い。
 けれど、次に目が覚めた時、自分の部屋の中だったので、たぶんうなづいたのだろう――。

 どれだけの時間が経ったのか――目を開ければ、自分のベッドだとわかった。
「おう、目ぇ覚めたか」
「――……早……川……」
 あたしは、身体を起こそうとするが、すぐそばにいた早川に止められた。
「待てコラ。病人は寝てろ」
「――……でも……」
 早川は、起き上がろうとするあたしを、半ば無理矢理ベッドへ戻す。
「薬、カバンに入ってたヤツでいいのか?」
「あ、う、うん……」
 あたしがうなづくと、早川は、床に置いたままのカバンを持って来る。
「……ごめん、出して……くれる?」
「ああ」
 もう、自分で動くのもしんどいので、あきらめて頼む事にした。
 ここまでの事を思い出すと、今さら、という気がしたのだ。
「……水、お願い……」
「――わかった、待ってろ。勝手に触るぞ?」
 あたしが、ゆっくりとうなづくと、早川は踵を返し、キッチンの方へ向かった。
 ぼうっとする頭の中に、蛇口から出る水の音が響く。
「コップ、適当だぞ」
 ――ありがと、と、言いたかったけれど、うなづくのが精一杯。
 けれど、早川は気にする風でもなく、あたしの背を支えて起こし、コップと薬を手渡してくれた。
 それを一気に飲み干し、ほう、と、息を吐く。
「……あり……が……と……。……助かったわ……」
「気にするな。あと、何かあるか?」
 あたしは、ゆるゆると首を振る。
「……大……丈夫……。……もう……いい、から……」
「――は?」
 早川は、眉を寄せてあたしをにらんだ。
「何言ってんだ。大丈夫じゃねぇだろ」
「……でも……」
「あのなぁ……何が気になってるのかは知らねぇがな、ここで、ハイ、さよなら、なんて、できる訳無ぇだろうが」
 そう言うと、早川はあたしの額に手を当てた。
「ちょっ……!」
「ホレ、まだ熱い。薬が効くまで、時間あるだろ」
「……当然……でしょ……」
「じゃあ、それまでは、いるからな」
 頑として譲らない早川は、そう言ってあたしから離れると、床に座り込んだ。
「――まあ、ひとまず寝てろ」
「でも……」
「心配するな。病人を襲う趣味は無ぇよ」
「バッ……!」
 あたしは、朦朧としながらも早川をにらむと、ベッドにもぐりこんで布団をかぶったのだった。
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