Runaway Love
 図書館では、久し振りにいろんな作品を見て回り、結局、十冊借りるハメになってしまった。
 同じく、十冊を持った野口くんは、クスリ、と、笑う。
「やっぱり」
「……何よ、それ」
「茉奈さんだったら、我慢できないだろうなって思ってましたから」
「……野口くん」
 あたしは、ふてくされながら、カウンターに本を置く。
 機械が自動でスキャンしてくれ、自分で貸し出し処理ができるのだ。
 昔なら、想像もつかなかった事が、もう、当たり前に目の前にある。
 それは、プラスの変化でもあるし、マイナスの変化でもある。
 すべては、受け取る側の感覚なのだ。
 それから、二人でファミレスに寄り、野口くんは、店内の女性の視線を一身に受けながらも食事を終え、本屋に寄って再びいろんな本を探す。
 以前と同じようなルートに、あたしは、どこか安心していた。


「――そろそろ帰りますか」
「え、あ、ええ」
 本屋からは、少し近辺をドライブして、時間を過ごした。
 そして、辺りが暗くなりかけた頃、野口くんは、声のトーンを落として言った。
 あたしは、また、ぎこちなくうなづく。
 もしかしたら、告白云々は、持ち越しなんだろうか。
 そう思うと、少しだけホッとしてしまう。
 ――それが逃げだという事は、もう、わかっている。

 アパートが近くなるにつれ、お互い、どんどん口数が少なくなっていく。
 無言のまま、車を停めると、野口くんはあたしの側のドアを開けてくれた。
「……いいのに」
「……茉奈さん、少しだけ、部屋に寄っても良いですか」
 あたしは彼を見上げ、その緊張感が漂う表情に、一瞬戸惑うが、うなづいた。
 部屋に二人で入り、テーブルのそばに本を置く。
 ――思えば、このおかげで、野口くんと距離が縮まったのだ。
「……茉奈さん」
 すると、野口くんの声が、耳元で聞こえ、あたしは振り返る。
 視界に入るのは、彼の着ている、薄青の上着だ。
 あたしが痛くないように、柔らかく力を込める彼は、ポツリとつぶやくように言う。

「……約束、守らせてください」

 その言葉に、心臓は跳ね上がる。
 やっぱり――逃げる訳にはいかないようだ。

 あたしを離した目の前の彼は、微動だにしない。
 そんな時間が、どのくらい過ぎたのか。
 ようやく、彼は口を開いた。

 そして、震える声で、言う。


「――……好きです。……杉崎茉奈さん、オレと……結婚前提に付き合ってください」


 あたしは、その言葉に息をのむ。
 ――……そして、涙がこぼれた。

 それは、やっぱり、もう、罪悪感なのだ。


「――……ありがとう。……でも、ごめんなさい……」


 深々と、あたしは頭を下げた。
 今まで、これ以上無いほどの愛情をくれたのに。
 ――応えられなくて、ごめんなさい。

「……そう、ですよね。……元々、振られてるんですから……」
「野口くん」
 あたしは、顔を上げる。
 目の前には、ほんの少しだけ、涙を浮かべた彼が――微笑んでいた。

 そして、そっと、あたしの手を取って、口づけた。

「の……」

「――あなたは、オレの初めてを全て奪っていったんです。……その罪悪感を抱えながら……他の誰かと、幸せになればいい」

 あたしは、硬直し、そして――苦笑いを浮かべた。
 それは”アンラッキー”の。

「……”過去編”の別れのセリフね」

「……わかりましたか?……でも、オレの気持ちです」

 そう言って、あたしをきつく抱き締めた。

「――……これで、ようやく、部下に戻れます……」

「……ええ……。――……本当に……ありがとう……野口くん……」

 彼は、しばらくして、そっとあたしを離すと、深々と頭を下げた。

「――ありがとうございます。……オレは、あなたのおかげで、変わる事ができたと思ってます。……だから……どうか――幸せになってください……」

 あたしは、その言葉に、何度もうなづく。
 もう、既に、涙は止まらない。

「……ええ。……約束……する、から……っ……」

「――ハイ……」

 野口くんは、ゆっくりと身体を起こし、一礼して部屋を出て行った。


 ――……あたしは、どれだけみんなを振り回して……傷つけてきたんだろう。

 でも、もう、後悔しない。
 それは、あたしを想ってくれたみんなに失礼だから。

 ――どんな形であれ、幸せだと胸を張れるようになるんだ。

 それが、あたしにできる、最大限の事だ。
< 365 / 382 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop