Runaway Love

84

 どうやって帰ってきたのかも、記憶があいまいだ。
 あたしは、アパートの部屋で、流れ続ける涙をそのままに、ヒザを抱えて顔を伏せていた。
 ――自業自得。
 不意に、そんな言葉が浮かんでくる。
 あたしだって、野口くんに同じ事をしていたのだ。

 ――最初から、終わる事を考えていた。

 どうやったら、キレイに思い出になれるのか――それだけを考えて、彼といたのだ。

 それを、同じ事をされたと憤るなんて、ワガママじゃない。


 ――あたしは、やっぱり、一人でいなきゃいけない人間なんだ。



 翌日、耳に届くチャイムの音で、ようやく目が開いた。
 泣き続けたせいか、腫れぼったく感じてしまう。
 あたしは、さっと、タオルで残っていた涙を拭くと、ドアスコープをのぞき、ギクリとしてしまった。

「茉奈、いるのか?」

「ご、ごめん!今起きたっ……」

 身支度を考える余裕も無い。
 あたしが、慌ててドアを開けると、私服の早川がそこに立っていた。
「……今、って……もう、昼前だぞ」
 そうだ。
 映画の約束、午後からだったのに。
 だが、早川は中に入ると、すぐにあたしの(おとがい)に手をやり、顔を上げさせた。  
 それは、まるでキスシーンのようで構えてしまいそうになるが、それは一瞬の事。
 次には、眉を寄せてあたしに言った。
「……何があった」
「――……別に……」
「お前が、こんな時間まで寝てるって時点で、何かあったに決まってるだろ。顔色も悪ぃし、目も腫れてる」
 早川は、あたしの手を引くと、部屋の中へ入って行く。
「ちょっ……」
「――聞くくらいはできるって」
 無理矢理あたしを座らせ、自分も隣に座ると、あたしをのぞき込む。
「――早川」
 ……どうして、コイツは……。
 あたしは、苦笑いで首を振った。
「……ありがと……。でも、大丈夫よ。……あたしの問題だから……」
「お前の問題は、俺の問題だ」
「何よ、それ」
 クスリ、と、笑みが浮かぶ。
 ――ああ、まだ、こんな風に笑えるのか。
 そう思うと、自己嫌悪にとらわれる。
「茉奈、今日は、映画やめにしよう」
「――え、でも……」
「こんな状態じゃあ、いくら芦屋陽の作品でも、楽しめねぇだろ」
 あたしは、先生の名前を出されてしまい、渋々うなづいた。
 そうだ。
 それは、芦屋先生に対して――作品に関わった人達に失礼だ。
「……わかった……」
「まあ、公開終了しても、DVD出るだろうし。そしたら、一緒に観ようぜ」
「――……うん……ごめん……」
 あたしが謝ると、早川は、立ち上がった。
「――今日は帰るわ」
「え」
「……一人が良いみたいだからよ」
 あたしは一瞬止まり、ゆっくりとうなづいた。
「……ありがと……崇也」
「――ああ」
 早川は、うなづくと、一人部屋を後にした。
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