Runaway Love
 部屋の鍵を開け、気力を振り絞り、片付けをしてシャワーだけ浴びる。
 ――こんな生活が続くのは、正直キツい。
 こうやって、介護生活が始まってしまうんだろうか。
 あたしは、朦朧としながらそんな事を思う。
 意識を飛ばすようにして眠ったのは、日付を越えてしばらく経ったあたりだった。

 目覚まし時計と、スマホのアラームで、強制的に目を覚ますと、よろよろと起き上がる。
 やっぱり、アラサーに、このスケジュールは厳しいものがあるかも。
 いつもよりも少し多めに朝ご飯を食べ、いつもの時間に家を出る。
 たびたび、意識が飛びそうになりながらも、どうにか会社にたどり着き、正面玄関からロッカールームへ入る。
 その間に受ける視線を、今のあたしには気に留める事すらできない。
 けれど、自分のロッカーの前にたどり着くと、一気に覚醒した。

 ――また、同じ言葉の紙が貼ってあった。

 パソコンでいくつ作ったのやら。
 よく、こんな無駄な事に力を使えるものだ。
 あきれながら、昨日と同じように紙をはがし、ほんの少し力を込めて紙を丸めてバッグに投げ入れる。
 一応、証拠として、持っておいた方が良いような気がしたので、気分は悪いが仕方ない。
 そして、ロッカーにバッグを入れて鍵をかけた。

「あ、おはようございますぅ、杉崎主任ー」

 エレベーターに向かう途中、受付の方から甘ったるい声が聞こえ、顔だけを向ける。
 すると、篠塚さんが、相変わらずの愛想の良さで、あたしに近寄って来た。
 あたしは、少しだけ後ずさると、その分、更に近づく。
 そして、ニッコリと笑い、口を開いた。

「――どうやったら、そんなにたくさん、イケメン捕まえられるんですかぁ?」

「――……は……??」

 あたしの反応など気にせず、更に篠塚さんは続けた。
「藍香、いっぱい合コン頑張ってるのに、レベルの低い男ばっかり寄ってくるんですよぉ。何か、秘訣とかあるんですかぁ?」
「な、何を言ってるのよ」
「だってぇ……そうでもなきゃ、主任のような方が、そんなにモテるとは思えなくてぇ」

 ――そんな事、あたしが一番思ってるわよ!

 思わず、視線が鋭くなってしまうが、下手な事を言えば揚げ足を取られかねない。
 無言のまま、去ろうとするが、篠塚さんは逃がそうとしなかった。

「――あ、実は杉崎主任、エッチが上手とかぁ?」

「なっ……!」

「なら、納得できるかもぉ」

 ニッコリと、笑っていない目で見てくる彼女は、確実にあたしを敵視している。
 あたしは、はらわたが煮えくり返るのを、表に出さないように耐え、表情を消した。
 言い返したら、後々面倒だ。
 そう、思ったのに。
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