本日、初恋の幼なじみと初夜を迎えます。~国際弁護士は滾る熱情で生真面目妻を陥落させる~
 どすの効いた声に、菊池さんがさっきにも増して青くなった。
 〝逆鱗に触れる〟というのはこういうことか。これは後で私もどれだけ叱られるのかと思ったら震えあがりそうになる。

 整った横顔を凝視したまま動きを止めていると、さっきからずっと肩に置かれたままの彼の手に、グッと力が込められた。頬がたくましい胸板に密着する。耳から聞こえる彼の鼓動がやけに早い。

 もしかして私を探して走り回っていたの?
『まさかね』と、つい自惚れそうになる自分を戒めたとき。

「彼女は――香子は、俺の一番大事なひとだ。たとえ誰を敵に回しても俺は彼女を守る」

〝一番大事なひと〟という言葉に、胸が痛いくらいに高鳴った。

「本来ならうわさの種にするだけの相手にプライベートを教える義理はないが、きみがあまりにしつこいから彼女が妻だと教えたんだ。これで諦めるだろうと思ったのが……こんなことをするとは。この件は後日あらためて話を聞く。言っておくが、俺を相手に逃げられると思うなよ」

 圭君はそう言うと、私の手を引いて歩きだした。

 数歩進んだところで「そうだ」と言って足を止めた彼が、後ろを振り向く。さっきと同じ場所に突っ立ったままの菊池さんをもう一度見た。

「『思っていた』だ」

『え?』と彼女の口が動くのが見える。

「ついさっき、きみは俺が彼女のことを妹のように思って〝いる〟と言ったが、それは違う。正しくは妹のように思って〝いた〟だ」

 それってどういうこと?
『思っていた』ということは、今は『思っていない』ということ。じゃあ今は? どう思っているの?

 私が口を開くより早く、彼は再び前を向いて歩きだす。今度は振り返ることはしなかった。


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