君のブレスが切れるまで―on a rainyday remember love―
 2001年 6月 初旬


 悪天候が続き、外が水蒸気で白くなる日々が続く季節、梅雨。私は産まれた。


「ふ……う……うぅぅぅ……」


 赤ん坊は泣くのが仕事だ。何も言えない、言葉を発することができないのだから、それでしか何かを表現できない。
 これが悲しいから泣くという感情だったのなら、この頃の私には感情があったのだろう。


「……子を産むというのはこの程度なのね。総一朗(そういちろう)


 泣きそうな私の隣で母親がそう言い切る。総一朗と呼ばれた執事服を着た初老の男性は、難色を示していた。


「奥様、この程度というのは些か――」
「全ては経験。『女』として、子を産む経験も実際に行った。さっさと戻りたい、仕事が恋しいわ」
「お気は確かですか⁉ お嬢様には奥様が必要なのですぞ⁉」
「気を違えたつもりはないわ。夫も今や海外で仕事の真っ最中。仕事が生き甲斐なのよ、彼も私も」
「赤ん坊を育てるつもりはない……と仰られるのですか」


 総一朗が私の顔を覗く。ゾクリと何かを感じ取ったのか、怯えた表情で母親に視線を戻した。


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